メディアグランプリ

美しい知恵の輪


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤井七海(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「なんで一緒にいてくれるの?」
「……楽しいからちゃう?」
 
19歳の頃、彼と交わした会話。
どうやら彼からすれば楽しいみたいだ。
毎日おはようから始まるLINE。寝落ちするまで繋げる電話。時々会って終電まで入り浸る居酒屋。手を繋いで歩いた帰り道。
勿論私にとっても楽しい毎日だった。毎月のように喧嘩をするカップルからすればずっと穏やかで羨ましくなるような日々だろう。だけど、
 
私達は付き合っていない。
 
あんなに楽しかったはずなのに。もしかして都合の良い相手だったのだろうか。
でも今となってはどうだっていい。
あれは、私にとって確かに人生で一番誰かを追いかけた恋だった。
 
10代最後の春。忘れられない日々の始まり。
私達の出会いはマッチングアプリ。大学の講義中、友達に誘われて始めた私は「話し相手ができればいいか」くらいの軽い気持ちでアプリに手を伸ばした。
アプリを開けば近くに住んでいる男性の写真が出てきて、自分の好みのタイプかどうかスワイプして決める。好みなら右にスワイプ、好みでないなら左にスワイプといった具合に慣れた手つきでジャッジして、好みの相手が私のことをタイプだと思っているのならマッチングしてチャットが始まる。直感で判断できてさらに合コンのようにわざわざ外に行かなくても済むから感覚派かつ効率性を重視した私にとっては最適な出会いの場だった。
 
暇つぶしにアプリを開き、リズムゲームのようにテンポ良くスワイプする。数日続けているとマッチングしてチャットを始めた相手も何人かいた。たわいもない話や電話をしていると色々な誘い文句で会う約束を持ちかけてくる人もちらほらいた。でも私は話し相手ができればよかったため、全てお断り。何人マッチングしても会うことは一回もなかった。男性側からしたら迷惑な女だったかもしれない。
 
彼と出会ったのはそれからすぐの話。いつものようにスワイプしているとマッチングしてすぐにチャットに移る。彼の方からメッセージが来てお互いに軽い自己紹介から会話を始めた。話を聞くと、私の4個上で春に社会人になった新卒の人だとわかった。入社してすぐで研修や簡単な業務ばかりで少し暇だったらしい。同じ暇つぶしユーザー同士、距離が縮まるのに時間はかからなかった。
 
LINEを交換して、そこからは毎日のようにLINEや電話で会話。
その日の出来事、見ているテレビの話、趣味の話。出会ってすぐの人達がするような会話は全部とっくにした。文面でも声でも何となくわかる。どうやら彼は穏やかで賢い人だ。
電話中、彼はよく「会ってみたい」と言ってきた。
何でも直感で判断してしまうせいだろうか。はたまた彼の言葉に踊らされているのか。会ったこともないのにやけに彼のことが気になっている私がいた。人はその気持ちを自覚してしまえばもう後戻りはできない。簡単に降りられない高速道路に乗った時のようだ。
 
初めて会ったのは出会って半年以上経ってから。たまたま近くにいることをLINEで知り、私達は駅の改札で初めて顔を合わせた。
今までずっと会話をしていた相手。初めて会うのにそんな感覚はすでになかった。
時間はもう22時過ぎ。私達は居酒屋に入って軽くご飯を食べた。目の前にいる彼は、これまでスマホの画面越しにみていた彼と変わらなかった。穏やかで優しい彼だ。
帰り道、お酒を飲んで少し顔を赤らめた私達は気付けば手を繋いで歩いていた。私の目を見て楽しそうに話す彼を見て私は、「ああ、好きになるだろうな」ともうこの道は戻れないと確信した。
 
それからも彼が仕事も予定もない日は会うようになった。前日の夜に鏡の前で明日着る服を決めるために開催されるファッションショー。念入りなマッサージ。一つ一つの工程を重ねる度に自分が恋をしていると実感する。どんな服装で行くか電話で話しながら彼も同じように私を想ってくれていないかと思いを募らせた。
 
「3回目のデートで告白されなかったら脈は無い」
 
なんて言葉をどこかで見たことがある。売れていない恋愛攻略本の目次だったような気がする。
私達の3回目のデートなんてとっくに過ぎていた。3回目以降のデートもご飯に行って手を繋いで帰るいつものコース。毎日続くLINEや電話も継続中。そろそろ告白されても良い頃ではないか。何かしらの手段で会話が毎日続いているので嫌われては無いはずだ。むしろ少しくらい好意があっても良いのではないか。
試しに恋愛話を持ちかけてみたが特に良い雰囲気になることもなく終わってしまう。彼にとって私はどういう存在なのだろうか。
 
「何で一緒にいてくれるの?」
 
痺れを切らした私は会った日に聞いてみた。
彼から帰ってきた言葉は、
 
「……楽しいからちゃう?」
 
焦りも驚きもない、いつもの穏やかな声だった。でも欲しい言葉は返ってこなかった。
「好きだから」の一言が欲しい。ここまできたらもう自分でも止められなかった。
 
「私と付き合ってほしい」
 
本当は言われたかった言葉。勇気や覚悟など必要なく自然と口から出た。
 
「君が社会人になったらね」
 
彼は柔らかい笑顔で返事をくれた。あっけなく振られた。今までの会話もデートで行った場所も、手を繋いだことも、付き合うまでのプロセスではなくただの友達として交わした時間だった。
私は失恋した。10代最後の失恋だった。
 
あまりにも自然な振られ方をしたのであまり傷つくこともなかった。
私達は半年ほど今までと同じような関係を続けた。変わったのはもう会わなくなったこと。
いや、会うのを私がやめたのだ。
 
あれから数年。私は22歳になった。
もう彼に思いを寄せていることはない。そして今だから思う。
あの失恋は必要だった。あの出会いは私の今を作るのに必要不可欠だったと。
 
人は生きている以上、誰かと関わりを持つ。そして恋に落ちることもある。別れることだってあるだろう。でも全ての出会いに意味はあると思う。そしてその意味にすぐ気づくことはできない。時間をかけてゆっくり解き明かしていける知恵の輪のようなものだ。
私は彼と出会えてよかった。見たことのない自分を見ることができた。彼のように穏やかで賢い人になりたいと思えるようになった。
 
出会いに意味を見出すことで人はまた前に進める。
私は今前に進んでいる。あの頃よりもずっと先に進んでいる。
今彼に会ったら何を思うだろうか。「思い出は美化される」なんていうから意外と格好良くないなんて思ってしまうかもしれない。でも美化されることできっとあの出会いの前向きな意味を見出せるはずだ。
 
いらない出会いはない。
私はそう信じたい。
 
 
 
 
***
 
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2022-08-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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