メディアグランプリ

ペットとしてアリを飼っていた話


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記事:小畑 泉彦(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「お兄さん、何をしているの?」
 
陽射しの厳しい真夏の公園。母親と手をつなぎ散歩中の少女が足を止め、しゃがみこんで地面を見つめている青年に尋ねた。少女は彼が面白い遊びでもしていると思ったのかもしれない。
 
「これはね、アリさんをつかまえようとしているんだよ」
 
青年は小さい声でボソッと答えた。人がいない時間を狙ったつもりだったのに見られてしまったか……この青年とは私のことである。
 
当時の私は日々のハードワークで疲れており、癒しを求めていた。こんなとき可愛らしいペットでもいればなぁと考えていたのだが、あいにく住んでいたアパートはペット禁止だった。金魚を飼おうとしたこともあったが、水の手入れやエサやりを面倒に感じる自分にはそもそもペットを飼う資格は無いのかもしれない。
 
そんなある日、ネットの記事で「アントクアリウム」という単語を目にした。魚を飼育するアクアリウムなら聞いたことがあるが、アントということはもしかしてアリのことだろうか。調べてみたところ、アントクアリウムとは半透明のジェル状物質が入った容器でアリが巣を作る様子を観察できる飼育キットのことだった。
 
そのキットでアリを飼育するとジェルが土の役割を果たすと同時にエサにもなるのでエサやりの手間が不要だという。ものぐさな私にぴったりではないか。私はさっそくキットを購入し、アリをゲットすべく近所の公園へと繰り出し冒頭のシーンとなったのである。ちなみに1週間前にトライしたときは予想以上にすばしこいアリにことごとく逃げられて捕獲に失敗していた。
 
今回は実際にアントクアリウムでアリを飼育している人のブログを熟読し、捕獲方法のコツを学んだのですぐ捕まえられると思っていた。しかし理論と実践は違う。前回と同じく捕獲にかなり苦戦してしまった。汗だくになりながら小一時間ほど公園で格闘したのち、私はなんとか捕まえた5匹のアリをファミリーとして迎え入れることにした。
 
キットに投入後、転生もしていないのに異世界に放り込まれたアリたちは警戒している様子だったが、しばらくすると少しずつ活動を始めた。私とアリの共同生活のスタートである。まさか独り暮らし初のペットがアリになるとは。しかも巣の外で活動する働きアリは全てメスなので種族を超えたハーレム状態である。
 
アリたちはその後数日にわたり活発に活動し、見事な巣を作っていた。せっせと巣作りをする様子は派手ではないが見ていて退屈しない。そして面白いことにアリたちの働きぶりには個体差があるのだ。頑張っているアリもいれば、あまり働かないアリもいる。グループで仕事をすると他の誰かがやるだろうという心理で全体の生産性が低下する「社会的手抜き」という研究の話を聞いたことがあるが、アリの世界も人間社会と同じなのだ。そう思うと愛着がわいてくる。
 
ところでペットとして昆虫を飼っている人はどれくらいいるだろうか。ペットでまず思い浮かべるのは犬や猫だ。本稿の執筆にあたり、私は自分のSNSアカウントで簡単なアンケートを実施しデータを収集することにした。急な思いつきにもかかわらずちょうど100名の回答を得ることができた。
 
回答者のほとんど(87名)が何かしらのペットを飼った経験があり、そのうち69名はやはり犬や猫だった。また昆虫も飼った経験のある31名のうち27名がカブトムシやクワガタだった。あくまで私のSNSつながりの範囲ではあるが、少なくともここでアリという回答は1件も無かったのでペットとしてはマイナーな部類なのだろう。だが私にとっては大切なペットだ。
 
一寸の虫にも五分の魂ということわざがあるように、小さな虫にも私たちと同じ命が宿っている。それはつまり、いつか死が私たちを分かつときが訪れるということでもある。働きアリの寿命は巣の中にいるアリよりも老齢であるため、寿命はせいぜい1~2年程度らしい。痔の治療で10日間入院したとき、私は病室のベッドで彼女たちの安否がずっと気になっていた。捕まえた時点で老い先が短い可能性もあったからだ。
 
帰宅後、真っ先にアントクアリウムを確認すると、5匹のうち1匹が亡骸となっていた。私はまるで心にポッカリ穴が空いたような喪失感に襲われた。これがペットロスというやつか。その後1匹また1匹と後を追うように旅立っていったが、最後の1匹が天に召されるまで約10ヵ月、私とアリとの共同生活は続いた。
 
ペットへの愛情は人それぞれだろう。別れは避けられないし、それがいつかは誰にもわからない。だからこそ一緒に過ごす時間を大切にして欲しい。虫が苦手な人にはオススメできないが、場所も取らず音もしない、そしてエサ代もかからないアントクアリウム、現在は入手困難だがもし見かけたら手に取ってみてはいかがだろうか。アリを捕まえたいときは協力するのでご一報いただきたい。
 
今でも夏になると思い出す。在りし日の君を(アリだけに)。
 
 
 
 
***

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2022-08-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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