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メディアグランプリ

不安を伝染させてしまった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:菊地紀子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
8月の朝。
5時には外がじゅうぶん明るい。朝日で自然と目が覚める。
日曜日なので二度寝したいところだが、会社勤めで早起きがすっかりルーティーンに。
体が自動で目覚めのスイッチを「オン」にしてしまう。
習慣とは恐ろしいものだ。
 
麦茶を一杯飲んで、カンタンに身支度をして。
「涼しいうちにトマトをとりにいかない?」
一応、家族にも声をかけてみるが賛同者はいない。
何かと理由をつけて夫にも子供にも断られるのだ。
これも最近は珍しくないことで、畑に興味があるのは今となっては私一人。
 
「やれやれ……」
一人寂しくもあり、気楽でもある。
 
コロナが流行しはじめたころ、わが子が突然、不登校になってしまった。
当時は、得体の知れないウィルスに大人も子供も神経質になり、
行動を制限され、身も心も縮こまっていた時期だった。
 
子どもの不登校という初の事態に、何をすればよいか分からず、夫も私も動揺していた。
10年以上も一番近くにいたのに、何も彼のことわかっていなかった……。
親として自信を無くした時期だった。
 
不安が不安を呼び、次第に家族全員の気持ちが沈みはじめていたころ、
外に出て土にふれたら気持ちが軽くなるかもと思い、市民農園を借りてみようと思った。
 
抽選でなかなか当たらないと聞いていたし、実際に「外れ」の通知ハガキも届き、
あきらめていた矢先に、偶然キャンセルが出て畑を借りることができたのだ。
 
とはいえ、これまで農業とは無関係の人生。
いったい何から始めたらよいのやら……。
だが、今の世の中、情報には困らない。
YouTubeのいくつかのチャンネルをたよりに、見よう見まねで農業をはじめてみた。
 
もともと想定外だし、私生活が不安な状態だったから、あれこれ考える余裕もなく、ただ始めるしかなかった。
 
土を耕し、苗を植えて水をやる。
毎日少しの時間、植物の成長を見守りはじめたら、小さな楽しみが生まれた。
 
紫やオレンジのカラフルなかめ虫、チンゲンサイが咲かせる黄色く可愛らしい花。
自然はときどきサプライズをくれる。
虫は苦手だったけど、わりと平気になれることを発見した。
 
支柱を立て枝葉を手入れしたり、肥料を運んだり、農作業は思った以上に体力が必要だったけど、体を動かしたあとは「私にもできた」という達成感を与えてくれ、よく眠れた。
 
トマトとバジルを一緒に植えるとよく育つことを、家庭菜園の先輩が教えてくれた。
コンパニオンプランツと言って、土の中の水分量をお互いにとって調度よく保つ効果があるらしい。
 
すごいのは、畑の中ですでにカプレーゼの匂いが漂っているほど、トマトもバジルも香りがあること。植物の力強さを再認識できた。
 
そして、採れたばかりの野菜は、素人が作ってもびっくりするほど美味しいのだ。
ピーマンもキュウリもパリパリ触感でみずみずしい。
自然の恵みを収穫できたときには、お腹も心もじゅうぶんに満たされた。
 
最近になって知ったが、「園芸療法」「アグリヒーリング」という分野があるそうだ。
農作業は不安を減らし、幸せな気持ちを増幅させるらしい。
その分野の知識はないけど、癒しの効果は分かる気がする。
 
そして、何度目かの野菜の収穫を終え、コロナの行動制限も解除されてきたころ、
子も親も少しずつ平穏をとり戻した。
 
深く落ち込んでしまった心が、農作業だけで劇的なスピードで回復するわけではないと思うが、畑がほどよく日常に溶け込み、よい風を送ってくれたことは間違いない。
今でもあのタイミングで自然に触れることができ、ありがたかったと思っている。
 
そして、数年たった今、「あのとき、なんで学校に行きたくなかったの?」と聞けるようになった。
「オレも不思議だったけど、人がザワザワしたり、イライラしたりするのが気持ち悪かった。まいっか。みたいな雰囲気がなくってさ」と。
もともとカラッとした性格の我が子は、あっさり当時の気持ちを教えてくれた。
 
「人の不安は伝染するんだな」と、ハッとさせられた。
 
なぜなら、あのころを振り返ると、一番心を尖らせていたのは私だったかもしれないからだ。
はじめてのテレワークで仕事量が急増し、行動制限により家族が家にいる時間が長くなる分、食事の支度や家事の負担が増え、いろいろ追いついていなかった。
なんとかしなきゃという気持ちを抱え、不安を一人で増幅させていたのかもしれない。
 
楽しさやおおらかさといった大事なモノを見失っていたことに、今になって気づかされる。
 
少し成長したわが子は、以前ほど一緒に出かけてくれなくなった。
畑もときどきしか手伝ってくれないが、その分、自分でやりたいこともやれることも増え、力強く根付いているように見える。
 
だから、私は一人で畑に行くのが気楽なのだ。
朝の涼しい時間帯は車も通らず静かで、太陽のエネルギーをチャージしているようで気分がいい。バケツ一杯にとれるプチトマトは輝いていて、真っ赤な宝石みたいに見える。
お昼は朝採れトマトをたっぷり使って、みんなが好きなミートソースにしよう。
食べることでワクワクしたいという欲求がわいてくる。
 
時間とともに変化し解決することは多いけど、自然とのつながりは変わらず、ずっとだいじにしていきたいと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2022-08-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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