苦手な人
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松尾 麻里子(ライティング・ゼミ6月コース)
いわゆる、毒親というわけではないのだが、母が好きか、と問われたら、私は、きっと、好きでも嫌いでもない、と答えるだろう。事実、そうであって、あえて、母の存在を言葉で表現するとしたら、苦手、という言葉がしっくりくると最近、気がついた。だから、顔を合わせないことが、自分にとっては、最も心地が良いのかもしれないと思い、このお盆も結局、コロナを理由に帰省をしなかった。車で1時間走れば行ける距離にある実家でもだ。孫に会いたいだろうなとは思うし、会わせなくてはいけないとも思っている。けれども、どうにも会う気が起こらなくて、チャットで省らないことを伝えただけだった。
母は決して、悪い人ではないし、むしろ、情愛深い人だ。以前の勤め先を定年退職した時には、職場の皆が泣いて送り出してくれたという。だから、自分でもなぜ、最近、母に会いたくないと思うようになったのか、はっきりとした理由がわからなかった。それを誰かに打ち明けたこともない。自分の内側に問うたこともなかったような気がする。もしかすると問うことを恐れていたのかもしれない。
私の父は、典型的な昔の会社員といった人で、家庭のことは省みず、仕事と趣味だけに生きているような人だった。会社である程度のポジションまでいくと、不釣り合いな彼女まで作った。この頃の我が家は非常に暗かった。母はみるみる痩せていくし、多感な時期の子供たちは、否が応でも心に大きな傷を負った。兄二人には話しづらかったのか、母はいつも父のことを、当時10歳だった私につぶさに話した。他に誰にも話せなかったのだろう。そう思うから、私も一所懸命に聞いていた。話を聞くことはそこまで辛くなかった。多分、話の中身がよくわかっていなかったからだと思う。ただ、母にはとにかく元気になってもらいたい、その一心だった。ただ、一度だけ、余りにも同じ話の繰り返し、堂々巡りにうんざりして、「私には、どうにもできない!」と母を突き放したことがある。その言葉を聞いて、母も、ハッとしたらしい。今でも、あの時の言葉は私を救ってくれた、と何度も言われる。特に救うつもりでもなく、ずっとふつふつと思っていたことを吐き捨てただけだったので、感謝をされても何も返す言葉がなかった。結局、私の家族は、一度大きな鉄球が壁を壊した後、そのポッカリと開いた穴は修繕されることもなく、穴の周りの小さなひび割れが少しずつ、少しずつ、広がって、そうしてゆっくりと時間をかけて壊れていった。今は、かろうじて、骨組みと屋根が残っている程度だろうか。でも、それもいつまで残っているかわからない。
不思議と、私は、壊した原因を作った父に対して、憎しみらしい感情を抱いたことは殆どない。もちろん、その当時は、友達の模範的な父親というものを見て、羨ましいと思ったことは幾度となくあるが、あまりにも、父というものを知らなさすぎて、どのような感情を持ったらいいかが、よくわからなかった。大人になってからは、父は、どちらかというと親というより、会社の上司に近い感じがした。だから、話をするにも仕事上の付き合い、と思うと、全く苦ではなかった。
父は、いわゆるお坊ちゃん育ちで、有名私立大学にいた頃にはジャズに卒倒し、当時流行った学生運動とは程遠い存在だった。会社勤めをしてからも、付き合いから、銀座や日本橋にある老舗の顔馴染みになったり、ゴルフの腕前はシングルにまでなったり、自分のために好きにお金を使い、自分の人生をとことん謳歌しているよう人だった。定年退職後も全く仕事をせず、年金をあてに、自分の好きなことだけを選択して、生きている。自分が昔、家族にした過ちを過ちとも自覚せず、とにかく、自分のことだけを大切に生きている様に、むしろ憧れを抱くくらいだった。この人は、きっと、余計なことで傷つかないのだろう。そこに憧れを抱くのは、おかしいとは思うのだが、なぜかそう思ってしまう。ただ、仮に明日、父が急死しても、多分、私は何も思わないだろう。おそらく、無関心に近いのだ。
逆に、母との関係は、心をえぐるものが多かった。小さな頃から、いつも繰り返し、母の思い出話を聞かされていた。一番上の兄が神童で、母親の自慢の息子だったこと、それに比べて、自分は3番目の娘で、何の取り柄もなかったから、里子に出されそうになった話、学生の頃は、その当時、珍しかった運動部初の女性マネージャーになって世間から注目された話、17歳の頃に死んだ実母の死に際、実父の自殺、社会人になるまで役者やダンサーなどの夢を追っていた話、証券会社の事務員から突如として、バーの経営者になった話、死に分かれた恋人の話など、それを逞しく生き抜いてきたことを誇りに思っている母。私は、強い。お前は私ほどの苦労をしていないから、弱いし、甘い。母が私に投げかける言葉には、いつも、呪文のようにこの言葉が染み付いている気さえした。そして、私は、何度も普通、平凡という言葉を嫌って、無理をした。
ここ近年は、取り憑かれたように家庭を壊した父への恨み節、自分の何が間違っていたのか、という同じ問い、私は頑張ってきたという承認欲求、もう既に300回ぐらいは聞いている遺書の在りかと遺産の分配、埋葬の場所。絶対に、父にだけはお金を渡すな、という強い念押し。
そして、いつも最後にこう言う。
「あんただけは幸せになってよかったわね。」
(そうなの? お母さん。私って幸せなの?)
心の中では、いつもそう、ざわついている。
自分以外に、あなたは幸せだと言われることほど、辛いものはない。
己の幸せに気がつくことができない自分はなんて愚かだと思ってしまうから。
母の言葉は、時に小さなガラスの欠片となって、私の心に突き刺さる。
もしかしたら、そのチクッとした痛みが、煩わしくて、少し悲しくて、
私は母が苦手になったのかもしれない。
***
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