ずっとあなたが嫌いだった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山本三景(ライティング・ゼミNEO)
その日は人間ドックの検診のため、会社を休んでいた。
胃の検査でバリウムを飲まないといけないため、行く前から憂鬱だ。
朝の8時から人間ドックの検診が始まる。
検査の12時間前から飲食禁止なので、昨日の20時から水分をとっていない。
真夏に水も飲めないのはきつい。
しかし、喉がカラカラの状態だと、バリウムすら美味しく感じるのではないかと思い、検査の日をあえて夏にしてみた。
百歩譲って、バリウムを飲むのはまだ我慢できる。
人間の体内にバリウムという異物を無理やり取り込むわけなので、そのまま放置しておくと身体が大変なことになる。
そりゃ、バリウムなんて異物がやってきたら身体もびっくりするでしょう。
バリウムを体内から出すために、検査後に下剤を飲まないといけないのが一番の憂鬱なのだ。
バリウムじゃなくて胃カメラにすればよかったか……。
そんなことを考えながら検診場所へと向かうバスを待っていた。
ふと携帯をみると、兄からLINEがきていた。
しかもさっき送られてきたばかりだった。
LINEをポチっとひらく。
「まだ大丈夫だから落ち着いてみてほしい。今朝、父さんが救急車で運ばれて、母さんが集中治療室にいます。また落ち着いたら連絡します」
「え……」
バス停で思わず声を出してしまった。
今朝、兄のもとに母親から連絡があったということだ。
母親は突然のことで慌てて家を出たため、携帯電話を家に忘れて病院へ行ってしまった。
こちらから連絡をとることはできない。
どうやら父親の脳の血管が切れたらしい。
意識はあるみたいだ。
わかっているのはそれぐらいで、どこの病院へ運ばれたかもわからない。
コロナ禍の病院は人数制限をしているので、もし、病院へ行くときは、本当に危険なときだろう。
まったく様子はわからないが、手術しているとなると時間はかかる。
人間ドック、どうしたもんか……。
私はとりあえず予定どおりにバスに乗った。
ただ、最悪のことも考えてしまう。
できるだけ早く検査は終わらせたい。
もし、バリウム検査を受けてしまうと、下剤がきいて、何時間後にはお腹の波と格闘してトイレを気にしなくてはならない。
悩んだ結果、気にするぐらいなら今回はバリウム検査をキャンセルして、別の日に違う医療機関で胃の検査をすることに決めた。
普通は人間ドックも受けずに何がなんでも病院へ行こうとするのかな……。
いつ連絡が入ってもいいように、携帯を握りしめながらバリウム以外の検査をこなしていく。
心配ではあるのだが、普通に検査を受けている自分が冷たい人間に思える。
ただ、父親に対して、それほど愛情を持っていなかったのも事実である。
私は父親が嫌いだった。
父親とのいいエピソードは思い浮かばない。
子どもの頃の父親との思い出は?
そうきかれたら、わたしは「ない」と答える。
夏休みはキャンプやプールに行ったりした。
川で泳いだ記憶もある。
子どもらしい子ども時代を過ごした。
これはすべて、幼なじみの家族に連れて行ってもらった思い出だ。
家族旅行というものはしたことがなかった。
いつも父親抜きで思い出を作っていた。
父親は普通の会社員だった。
夜中に爆音を鳴らしながらバイクで仕事から帰ってくる。
バイクの音で父親が帰ってきたことがわかった。
今思うと近所迷惑もいいところだ。
夜中の12時頃に帰ってきて、子どもを起こす。
お金を湯水のように使う人で、母親と喧嘩が絶えなかった。
かなり変わっている
これが私の父親に対する印象だ。
隠しておきたい醜い部分をある意味すべてさらけ出しているような人だった。
すぐに弱音を吐くイメージがあったが、見栄っ張りなのできっと外には出していないのだろう。
自分とよく似ているから余計に嫌いだったのかもしれない。
幼なじみに
「お父さんって変わってるよね」
と言われたことがあった。
不思議なもので、自分が家族の悪口を言うのはいいのだが、人から言われると、まるで自分が否定されている気がして不快な気分になる。
嫌いだけれども、一緒になって否定できない何かがあった。
認めたくはないが、やはり血の繋がりを感じる。
私が父を嫌っているせいもあり、父とは7、8年会っていなかった。
会っていなくても、母を通じて父がいろいろとやらかしている話はきいていた。
私が父と最後に交わした会話はどんな会話だったのだろう。
ただ、私をイラっとさせる話し方をしている父の姿は容易に想像できた。
もう、私をイラつかせる父親ではなくなって帰ってくるのだろうか……。
色々な思いが去来する。
人間ドックの検査中に連絡がくることはなく、2時間ぐらいで検査は終了した。
午後になって母親から連絡がはいった。
脳出血だった。
手術のできないところに血栓があるらしく、午前中は検査で終わったらしい。
右半身が麻痺していることはわかった。
記憶のほうもこれからどうなっていくのだろう。
それ以上の詳しいことは母親もまだ説明を受けていなかった。
コロナ禍の病院がこれほど厳しいとは思わなかった。
母親でさえも面会することはできない。
入院のための着替えも用意する必要はない。
携帯電話も持たせることもできない。
病院で、父親がストレッチャーに寝かされて運ばれるとき、
「おかあさんは一緒にいけないからね。ここでお別れね。頑張ってね」
そう母親が父親に話しかけると、ニコニコと笑ったらしい。
その顔が忘れられないと母親は言う。
らしくない……。
そう思った。
兄も同じことを思ったらしい。
もっとあがくと思っていた。
もう右半身は動かない。
うまく伝えることもできない。
自分の身体が思うように動かない、そんな状況にありながらニコニコと笑っている父親の姿が想像できなかった。
そこにいるのは私の知っている父親なのだろうか……。
もしかしたら記憶がなくなっているのではないだろうか。
ニコニコと笑っている……あの我慢ということを知らない父親が?
きっとすべてを忘れて、母親のことだけ覚えているのではないだろうか……そんな気がしてしまった。
突然の出来事だったので、母親が疲れていないか心配だった。
携帯電話を家に置いていってしまうぐらい、かなりあせっていた。
「救急車呼んで大変だったよね。あせったでしょ」
すると、気が動転していたわりには、その後に母親がとった行動が冷静だったことがわかった。
「朝早かったので、救急車が来るまで少し時間があるから、歯をみがいて身なりを整えて保険証の用意してたわ」
父親に、「かあさん、救急車」と、蚊の鳴くような小さな声で言われて慌てて救急車を呼んだと言っていた。
救急車がくるまでの時間を冷静に考えて、そんな余裕があるものなのか!
しかも、救急車が朝早くやってきたので、近所の人はなにごとかとベランダから様子をうかがう。
近所で仲の良い人が、ベランダから顔をだしているのに気がついた母親は、救急車に乗るときに手を振ったらしい……。
手を振った?
手を振った母親をみて、きっと熱中症かなにかだと勘違いした近所の人が、翌日に話をききにやってくる。
そりゃ、そんな重症だとは思わないよね……手を振られたら。
「まさかそんな重症だとは思ってなかったみたいでね。1時間ぐらい話して帰ったわ。ちょくちょく遊びにくるって」
近所の声のかけあいが嬉しかった。
やはり、いつも騒がしい人がいたのに急にいなくなると、喪失感がある。
ちょくちょく遊びにきてくれると気が紛れるので助かる。
それにしても、母親のたくましさにびっくりした。
さらに驚いたことに、父親が救急車で運ばれた日に、父親の自転車を粗大ごみで処分する手続きをしていた。
やることが早い!
その日にですか!
「もう自転車乗れないし、あの自転車、捨てたかったのよね」
母親の手際の良さに、兄は若干引いていた。
そして、免許返納の手続きを兄に頼んで、父親が入院している間に何か変なものを隠していないか部屋を掃除すると言っていた。
「忙しくなるよ!」
もっと落ち込んでいるかと思った。
すぐやる人とはこの人のことを言うのだろう。
落ち込んでいるようにみえないとはいえ、心配ではある。
やはりショックは大きい。
いつも文句を言っているような面倒くさい人が急にいなくなると、ふとした瞬間に寂しさがこみあげてくるだろう。
母の元気まで奪わないでほしい。
身体も心も健康でいてほしいので、できる限り家族で支えあっていきたい。
父親の詳細はもうすぐわかる。
話せるのか、回復の見込みがあるのかもわからない。
これからリハビリの段階になり、介護という現実が待っているのかもしれない。
急に容態が悪化するかもしれない。
未来のことはわからない。
来るべきときがきたのだろう。
向き合うときがきたのだろう。
父親が好きなお菓子をコンビニでみつけた。
こんな小さなことでも覚えている自分に驚いた。
きっと父親が食べたいだろうと思い、思わず買ってしまった。
もちろん、私が食べる。
ずっと父親が嫌いだった。
でも、きっと嫌いにはなりきれない。
少しでも身体が楽になるように、祈らずにはいられない。
***
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