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玄関には鍵をかけよう。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:菊地有美(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
もしかして、都会に住んでいる人や、おじいちゃん、おばあちゃんと同居経験のない人は理解し難いことかもしれない。昭和の時代、田舎では玄関の鍵を掛けないのが当たり前だった。私の育った田舎でも玄関の鍵をかけることは、スイカを食べる時に、塩をかけるかかけないか、みたいなどちらでもいいような事だった。
 
少しだけ都会から嫁いだ母は玄関に鍵をかけるのが当たり前だったようだが、祖母に鍵を掛けた事で注意されていたのを、私は何度か目撃している。こんな幼少期だったから、そもそも私にも玄関に鍵をかける習慣が身についていなかったのだろう。
 
私が初めて一人暮らしをした22歳の夏の出来事。
 
「大丈夫でしたか?」「怪我はないですか?」
「他に何か、取られたものありませんか?」
 
私が110番に電話をしてから、15分もかからないうちに警察官がきた。3人の警察官がズケズケと上がり込んできた。一人暮らしの狭い部屋に3人の男性、圧迫感と威圧感しかない。1人は部屋の窓からベランダに出て、下の方を眺めている。
その時の私はまだ、放心状態で思考も停止。いろいろな判断もできていない状態だった。しかし、無意識に警察に連絡していたようだ。人間は本能的に自己防衛機能が備わっているらしい。
 
私に起こったことをもう一度、冷静に考えてみる。
その日は休日だったので、一人でアパートの部屋にいた。シャワーを浴びようと玄関の鍵をかけ、玄関のすぐ右側に入り口があるユニットバスの前で服を脱ぎ、シャワーを浴びた。夏の暑い朝だった。シャワーは勢いよく私の肌を弾いた。体を洗おうと、ボディーソープに手を伸ばした瞬間、「ガシャ、ガシャガシャ」と音がして、折りたたみ式のユニットバスのドアが開いた。
 
私はその瞬間、「死んだ」と思った。
 
とっさに浴槽に身を小さく丸めて、うずくまる。「助けてぇー」と声を上げたいのに声が出ない。知らない男の人が、裸で小さく丸まっている私の頭を2回ほど叩いて立ち去ると、リビングの方にそのまま土足で進み、テーブルに置いてあった私のかばんの中の財布から現金だけを抜き取り去っていったようだ。正確には何が起こったのか分からず、身震いが止まらなかった。
 
一緒に出かける約束していた友達が、ちょうど到着して私はやっと少し冷静さを取り戻したのだった。
 
友達が同席する中、警察の事情聴取が始まった。
「私って、被害者でしたよね」と思うような、細かい聴取。泥棒に頭を叩かれて、まだドキドキしている状態。私の精神状態を一切考慮することもなく聴取は進められていく。テレビドラマに出てくるような鑑識係の人が、部屋中の指紋を採取し、部屋の中を容赦なく嗅ぎ回る。
 
一方で聴取は続き、必要であるのかないのか分からないプライベートな事や、答える必要もないような質問を投げかけられた。若かった私は性的とでも思われるような質問にも答えてしまった。当然と言えば当然だが、その頃はまだ下着の枚数や色を男性に答えるのはとても恥ずかしく、聞かれたくも答えたくもなかった。この人たちの仕事だから仕方ないのだろうか、その時はそう思った。
 
答えたくもない性的な質問がボクシングのジャブのように、心の奥にブスブスと効き、ダメージを受けていく。幸か不幸か、その泥棒は私の下着に一切興味がなったようで、何一つ盗まれていなかった。これは、あくまで私の憶測だが、むしろ下着に興味があったのは警察官の方ではなかったのかもしれない。その場にいた友達もそんなことを私に言った。
 
一連の出来事は私にとって、あまりにも苦痛だった。しばらく、この事が頭から離れず、しばらくして私はふと思った。
 
「そうだ、これからは心にも鍵をかけよう」
 
言いたくないことは言わないし、感情は出さない。よく、心の扉を開きなさいとか オープンハートはいい、みたいなこと言うけど、それがいいこととは私には思えなかった。自己防衛のために心にも鍵があってもいいし、むしろその方が安全なこともある。
 
泥棒は私の部屋に土足で踏み込んできたけれど、警察官は私の心に土足で踏み込むどころか、こじ開けて入ってきた。踏み込んできたのは、その泥棒だけでなく警察官も同じだ。盗まれたものは違うけど、物理的なダメージより精神的に受けたダメージの方がずっと心に刻まれやすいものだ。この一連の出来事から痛切に感じた。
 
それから約半年後、泥棒は捕まって、私は警察に呼ばれた。聴取された内容が書かれた書類に印鑑を押した後、マジックミラーのような、覗き窓のようなところから泥棒の顔を確認し、その窓越しに泥棒から謝罪を受けた。30代ぐらいの細身の男。私の頭を叩いた人だった。どうやら泥棒は、鍵がかかっていなかった私の部屋にたびたび入っていたらしい。私以外にも鍵をかけずに外出する部屋を何軒か回っていたようで、他の人の家に侵入した際に捕まったという。いろいろおかしいなと思うとことはまだあったが、そこは深く追及せず、泥棒事件は一応そこで終わった。
 
被害届を出していた殆どの物は手元に戻った。そのすぐ後、その男の両親が私のうちまでやってきて、「足りなくてすみません」と10万円ほど置いていった。そして、私もその人の良さそうな両親に「玄関の鍵をかけずにごめんなさい」となぜか謝った。
 
その後、玄関の鍵を変えたが、しばらくして私はこのアパートを出た。それからは玄関の鍵は必ずしっかりかけ、心の扉の鍵も時と場合に応じてしっかりかけるように心がけている。それでも鍵が壊れているのか、簡単に開いてしまうのか、まだ私の心に土足で入ってくる人は後を絶たない。
 
 
 
 
***
 
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2022-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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