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どうしようもない父から学ぶ人生の最期の迎え方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山本三景(ライティング・ゼミNEO)
 
 
先日、父親が亡くなった。
脳出血で救急搬送されてから、わずか2週間であっけなく逝ってしまった。
 
右半身が麻痺しているため、リハビリの病院へ転院する前の日のことだった。
転院先への入院準備もしていたのに、まさか亡くなるとは思ってもみなかった。
病院へ運ばれてからの2週間はコロナ禍ということもあり、家族の誰も父の様子をみにいくことはできなかった。
 
先に母と兄が病院へ着いたが、そのときにはもう心肺停止状態だった。
心電図のモニターには「0」という数字が表示され、グラフの線は水平のままだったらしい。
 
「お父さん、目をあけて」
 
母がそう言って、父の顔の方に移動したときに、水平だった線がイーチ、ニィ、サーンと緩やかに波打ったのを兄が冷静に見ていた。
 
「もう停まっていたのに、まるで母さんの声を待っていたかのようだったよ」
 
母の声にだけ父は反応した。
まるでドラマのようだったと兄は言う。
 
しばらくして私も合流した。
久しぶりに見る父の姿は、以前より小さくみえた。
右半身は麻痺し、言葉も満足に話せないので、きっと思うように食べられなかっただろう。
少し痩せてはいたが、思ったほど痩せていなかったので安心した。
思うようにならない身体で過ごした2週間は、本人にとってもどかしく、生きる希望をなくしてしまったかもしれない。
何を言っているかよくわからなかったが、「リハビリでお金を使わないで」というようなことを言っていたと、担当の方からきいた。
今思うと、これが父の遺言だった。
なんだか、意志をもって逝ってしまった気もする。
もう本人にきくことはできない。
 
「安らかな顔してるでしょ。ほんと、よく食べてよく遊び、良い人生だったね」
 
母親が感慨深げに話した。
あっという間に逝ってしまったが、苦しまなくてよかった。
 
私にとっての父は良い父親ではなかったが、父にとっても自慢できる娘ではなかったと思う。
合掌しながら、心の中で「ごめんなさい」と謝った。
 
私が実家にいたころは、父と母はいつも言い争いをしていた。
もちろん、今もケンカはしていたみたいだが、それはただのケンカでしかなく、母は父の行動にあきれつつも、なんだかんだで仲が良くなったように思えた。
時を重ね、お互いがお互いを頼っている……いつの間にかそんな関係に変化していったのだろう。
 
そして、亡くなった次の日、父のことを母の口からきける機会がやってくる。
そう、お寺で授けてもらう死後の名前、「戒名」をつけるときだ。
生前、故人がどんな人物だったか、お坊さんが家族の話をきいて、戒名につける良い字を選んでくれる。
 
お坊さんがやさしく私たちに話しかける。
「お父さまはどんな方でしたか?」
 
母親は口を開いた。
 
「よく食べて、よく遊んだ人でした。麻雀、競馬、とにかくギャンブルが大好きで、あ、麻雀から字をとったほうがいいかしら」
 
いやいやいや!
プロ雀士じゃあるまいし!
なんだか雲行きが怪しい……。
 
そして、ゆっくりと、誇らしげに母は言った。
 
「でも、パチンコだけは手を出しませんでした」
 
パチンコ?
いやいやいや!
いい話をしてるふうに話しているけど、全然いい話じゃないから!
 
「ほんと、パチンコだけはしなかったのよ」
 
母よ、そこは胸を張るところじゃないでしょう。
お坊さん、苦笑いをしていらっしゃる。
ようやくここで母が軌道修正をする。
 
「頭が良くて仕事ができる人でした。バリバリの営業マンで仕事が大好きでした」
 
なんだかんだで母が父をリスペクトしていることがわかる言葉だった。
その言葉をききながら、
 
頭がよかったら、もう少し、まともなお金の使い方をすると思うけど……。
 
と、ギャンブルで湯水のようにお金を使った父親に対して、どうしても好きになれなかった娘は心の中で思う。
仕事と遊びだったら、遊びのほうをとるような人だと思っていた。
なんとなく、亡くなったことで母親の中で美化されていないだろうか。
 
「真面目な方だったんですね」
 
そこは即答で「いいえ」と答えていたのは吹いた。
美化はされていなかった。
 
お坊さんはこの話のやりとりから、父親が誇りをもって働いていた会社の名前から一字をとり、「松」を入れることにした。
縁起もいい字だからちょうどよい。
 
仕事一筋にはみえなかったが、会社に愛着があったのは確かだ。
これで、仕事一筋でギャンブルがなければもっとよかったのに。
私は会社が大好きだなんて絶対言えない。
戒名に会社名から一字をとるぐらい、愛社精神を持っていたと母親も感じていたのだろう。
 
遺影には会社員時代の写真を使用した。
祭壇に飾られた写真をみて、母はご満悦だった。
最近の父の写真は免許証の写真かマイナンバーカードの写真しかなかった。
昔の写真を使ってもよいものかどうかを迷っていた。
 
「どうしようか。ちょっと若いかな」
 
「一番、写真をみる機会が多いのは母さんなんだから、母さんがみていたいと思う写真を選んだら?」
 
そう私は母親に言った。
母親は、会社員時代の写真を遺影用に決めて葬儀場の担当者に渡した。
うまく加工してくれるので、昔のスナップ写真でもいい感じになる。
笑顔のいい写真だった。
 
「いい写真! これ選んで正解だったわ! バックも水色でよかったでしょ」
 
母いわく、働き盛りの営業マンの頃の写真だそうだ。
母は遺影をみてテンションがあがり、祭壇をスマホで写真を撮っていた。
少し拡大して、写真を撮ってあげた。
こんなに遺影でテンションがあがっている人もいないだろう……。
そして、その後、父の遺影と同じくらいの歳の自分の写真を遺影として用意したと言っていた。
 
通夜の日とは思えないほど母親はしっかりしている。
そうは言っても、悲しくないわけがない。
いい時も、悪い時も、最後まで一緒にいた夫婦だ。
高齢の母が疲れていないか心配だったが、私と兄のほうが疲れているように思えた。
とりあえず、目に見えてガックリと落ち込んでいるようにはみえないから安心した。元気過ぎるぐらいだった。
 
葬儀が終わった次の日まで、会社に休みをもらっていたので、この日までに主要な手続きは終わらせないといけなかった。
親が高齢なこともあり、去年、身内が亡くなったときにすぐすべきことや知っておくべきことが書いてある本をダウンロードしておいたので、これが役に立った。
どこに何を提出するか、そのときに必要なものはなにかがすべて網羅されていた。
人間、いつ何が起こるかわからない。
家族がいなくなることなんて考えたくはないけれど、いざというときに、準備しておいてよかったと心から思った。
 
健康保険資格の喪失手続きをして、一緒に葬祭費の請求もする。
会葬礼状を提出すると、葬儀をした人に5万円戻ってくる。
還付されるお金については黙っていたらもらえない。
情報というのは能動的にとりにいかないと損するなと思った。
そして、年金受給停止の手続きをする。
これを後回しにすると大変だ。
故意に手続きをしなかったとみなされて罰せられてしまう。
健康保険資格の喪失手続きと年金受給停止の手続きは、すぐにやらなければならない手続きなので、葬儀の次の日にすませた。
年金受給停止の手続きと同時に遺族厚生年金の手続きも一緒にした。
厚生年金に加入していた人が死亡した場合に遺族に支給されるものだ。
 
ここで、父の知られざる一面が暴露される。
遺族年金の手続きをした際に、父親の職歴をみることができた。
 
「1カ月でやめてる会社があるじゃん!」
 
戒名をつけた会社一筋だと思っていたら、若い頃は結構転職していた。
なんだか笑ってしまった。
1カ月はなかなかだ。
そうか、一筋じゃなかったのか……。
まあ、若い頃は自分に合う会社をいろいろ試したんだろう。
自分にあわないと思ったら、見切りをつける潔さは私にはない。
フットワークが軽く、意外と楽観的な人だったのかなと思う。
 
母が言うように、「よく遊び、よく食べる」これを救急搬送される前日まで続けた人だった。
お金を持っていないのに、どうしてもスイカが食べたくて、友達に500円を借りてまでスイカを買った父。
そのスイカは父が食べることはなかった。
確かに、良い人生だったと思う。
自分の欲望のおもむくままに生きた人だった。
好き放題生きたため、家族を悩ませたこともあったが、「よく遊び、よく食べる」を最後まで貫いた父の最期が清々しく思えた。
 
「終わりよければすべてよし」
 
そんな言葉が頭に浮かんだ。
 
私はネガティブで、失敗をしたら引きずってクヨクヨしてしまう。
好き放題生きた父や、テキパキと行動する母の姿をみていると、同じ血が流れているのかと疑ってしまう。
しかし、まぎれもなく、あの人たちの血が私にも流れている。
起こったことをいつまでもクヨクヨしても前には進まない。
自分に合わないと思ったことは、粘ることも大切だが、切り替えて次へ進むのも大切なことだ。
 
ずっと父を反面教師にしていたので、父の生き方すべてを肯定するわけではない。
ただ、父の死に直面したとき、好きなことをして、好きなものを食べた人生がいいと思った。
自分の人生を「終わりよければすべてよし」で幕を引けるように、自分が「したい」と思ったことに素直に突き進んでいきたい。
ただし、父のように人に迷惑をかけないように。
 
 
 
 
***
 
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2022-08-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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