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恋のはじまりは通り雨のようなものだ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松下広美(ライティング・ゼミNEO)

大粒の雨が体中に突き刺さるような雨だった。
傘を持っていなくて、いつもより勢いよく店内に入った。
いつもの場所は、いつもの空気と変わらない。

「何にする?」
「ビールで」

注文と同時に席に座る。
カウンターの左の端っこ……の隣をひとつあけてバッグを置く。
本当は端っこがいつもの席だけど、先約がいた。

「雨、降ってた?」
ビールが前に置かれる。体を拭きながら、
「いま、降ってきたばっかみたい」
「タオル必要だったら言えよ」
店員だけどタメ口なのは、同い年だというのもあるけど、それだけここに通っているということだ。

新卒で入社した年に見つけたその店には、最初の頃は友達言っていたが、いつの間にかひとりで行くようになっていた。
20代の私にとってはちょっと背伸びした店だった。イタリアンの創作料理が美味しくて、お酒もすごく美味しかった。

「ひとりで飲みに行くって、何してるの?」と聞かれることもあった。
何をしているわけでもなく、携帯を見たり、お店の人と話したり。
ときどき、オープンからラストまで入り浸っていて、なんて話を友達にすると、
「マジで何してんの?」
って言われるけれど、そのお店の中の時間の流れは、とても心地よかった。

ただ、その雨に振られた日は、ちょっとだけ、違っていた。
違っていることに気付いたのは、ずっと後だったけれど。

ビールを2杯飲んで、その後はボトルのバーボンをロックで飲む。
いつものペース。

週末だったからか、お店は混んでいた。
お店のスタッフがバタバタしていて、あまりゆっくり話すこともできず、ちょっとだけ時間を持て余す。
「ちょっとひとつ、ずれてもらってもいい?」
カウンターもいっぱいで、ひとつ空いている左側の席に移る。
「そうそう、彼ね、格闘技やってるんだって」
と、私より先にいた、カウンターの左端に座っていた彼をみて、スタッフがいい感じで話を振ってくれた。
「えー! そうなんですか!」
お酒の力もあり、少しオーバーリアクションで返事をした。

酔う、という感覚は、私にとっては人見知りを和らげてくれるためのアイテムだった。
いつもは初対面の人とはうまく話すことができないけれど、お酒が仮面を被らせてくれるし、壁も溶かしてくれる。

カウンターの席には、常連さんが多い店だった。その常連さんたちとは「おつかれ!」とか「ひさしぶり」とすぐにいつも会っている友人のように話し始める。
初めての人とはうまく話せず、スタッフの力とお酒の力を借りて、話す。

その日も、いつもと一緒、だと思っていた。

「格闘技やってるんですね」
「そうなんですよ」
「いつからやってるんですか?」
「学生の頃からだから、もう何年になるっけ……」

話し始めこそ、どこかにあった台本のような会話になっていたけれど、少しずつ、お店の空気とお酒で、なじんで溶けていく。なんにもつっかえることなく、話が盛り上がる。
はたから見たら、前から知ってる友達なの? くらいには盛り上がっていた。

カウンター席だと、常に相手の顔を見ているわけじゃないから話しやすい。そして、不意に横を向いて目があったりすると、ドキッとする。
ドキッとして、目を少し下に持ってくると、彼の二の腕が見える。
二の腕をみて、余計にドキドキしてしまった。
格闘技をやっている、というだけあって、すごい筋肉をしている。フェチでも何でもないけれど、適度なたくましさには心ひかれる。
あの腕で抱きしめられたら、どんな感じなんだろうと、想像もした。
ちょっとだけ、触れてみたい、と思った。
いや、いくら何でも、お酒を飲んでるからって、初対面の人に……。
でも、ちょっとだけなら……。

「そろそろ帰りますね」
「あ、ホントですか! じゃあ、また」
「じゃあ、また」

シーソーのように気持ちを揺らしていたら、楽しい時間は終わってしまった。
そして、楽しい時間は「また」訪れることはなかった。

恋のはじまりなんて、あっけない。
その楽しい時間が恋の始まりだったことに気付くのは、ずいぶん後だ。
ああ、そういえばあの瞬間に、恋がはじまりそうだったなと、今になって思う。

こんなことを急に思い出したのは、あの2人のせいだ。
「恋がはじまった」のを、のぞいてしまったのだ。

『BOOK Loveでとても話が合って、すごく楽しかったから、もっと仲良くなりたいなーと思っていたので、ご連絡頂けて、浮かれてしまいました』
『私もBOOK Loveでお話してて話が合って楽しくて、もっと仲良くなりたいなぁと思っていたところマッチングができてしまってびっくりしました』

「BOOK Love」というのは、天狼院書店で開催している「恋愛目的読書会」である。
読書会をおおっぴらに出会いを求める場だとしてしまったイベントだ。

そのBOOK Loveでは、私はスタッフなので、みなさまのお世話をする係である。
イベントが終わった後は、好意を持っている同士をマッチングさせなくてはいけない。
「〇〇さんが、連絡先を交換したいと言っていました」とお伝えする役目だ。
お互いにOKとなれば、メッセンジャーでグループを作り、
『お二人をお繋ぎさせていただきますね! 私を含めたこちらのグループでやり取りしていただいても結構ですし、もちろんお二人のやり取りをされても大丈夫です』
と、お送りする。
最初のふたつみっつは、グループでやり取りをして、あとはお若いお二人で……となる。

……と、思っていたんですが。
あるお二人は、私を含めたグループで、やり取りをずっとしていた。
「ずっと」だ。

毎日の会話、デートの約束、好きなもの、嫌いなもの…‥。
いや、決して、のぞくつもりではない。
通知がくると、見てしまうのだ。
でも、それも、デートまで、だと思っていた。
BOOK Loveの後、一度お二人で会ってしまえば、お二人だけでやり取りをされる。

……と思っていた。
甘かった。

『今日は、お仕事帰りでお疲れのところ、ありがとうございました。ゆっくりお話ができて楽しかった』
『こちらこそ、今日は暑い中有難うございました! まったりしながらお話できて私も楽しかったです』

いやいやいや、まだここで会話を続けますか!?

おはようございます!
おやすみなさい。
今日は雨ですね。

挨拶だけではなく、いろいろな会話をされていた。
2回目のデートの約束。
待ち合わせまでの『もうすぐ着きます』というやり取り。
2回目のデートでお食事も行ったようなので、もう大丈夫だろうと思っていたら、
『家に着きました』

なんだろう、これはいつまで続くのだろう。
もう、これは耐久戦かもしれないと、半分諦めの境地にいた。
できるだけ、そっとしておこう。
のぞいてないよ、通知を見ているだけだよ。
自分に言い聞かせる。

でも待てよ。
このメッセージで、告白タイムがあったらどうするんだ。
『好きです、付き合ってください』
とか、
『結婚前提で付き合ってください』
とか。
私は、その瞬間も立ち会うのか?

さすがにダメだ。それはダメだ。
後から、こういうことがあって、と報告をいただくのならいい。
とっても嬉しい報告なんだから。
でも、その瞬間に立ち会っちゃいけない。
そこは、二人の世界にしておかなければ。

もしかして、気付いてない?
私がこのメッセンジャーのグループに入っていることに気付いてない?
最初の会話を忘れていて、二人の世界に入っちゃってる?
それだったら、私がこっそり抜ければいいのか。
ただ、抜けました、って通知がいくよね。
え、いないつもりだったのにー! って思われたらどうしよう。
今まで、のぞいてたんですか? って言われたらどうしよう。
信用に関わる。それはいけない。
BOOK Loveでの世話役として、誠実な仕事をしなければいけない。

ああ、もうダメだ。
ちゃんと言おう。

なにかの用事があるフリをして、どちらかにコンタクトを取って、あ、そういえば、って伝えればいいよね。

お二人のうち、お一人がイベントに参加してくださったタイミングがあった。
終わった後に『ありがとうございました! 引き続き、よろしくお願いします!』とメッセージを送る。
よし、この後、返事が返ってきたら、ちゃんと伝えよう……。
『こちらこそ、先日はありがとうございました!』
そして、その続きに、

『また、いつも〇〇さんとのチャットの通知にお付き合い頂き、ありがとうございます』

ああ、よかった。
知ってた、気付いてた。

その後は、
『LINEの方がいいです? それともメッセンジャーの方が?』
とういうやり取りがされていた。

その後も、うまくいっているご様子だ。
改めて報告をいただく日を楽しみにしていよう。

お二人の様子を見ていて、わかったことがある。

恋のはじまりは、待っていてもやってこない。
もしかして、これがはじまりなのかも、と思ったら自分の手でぐっと引き寄せないとどこかへいってしまう。

もしかして、彼に触れることができたのなら、なにか変わっていたのだろうか。
いや、そうじゃない。

あの雨の日の私は、また会える、と思ってしまったのだ。

彼はそのお店を気に入っているようだったし、私も結構な頻度で通っていた。
だから、いつかまた、会えると思ってしまった。

だから連絡先も聞かなかったし、名前すら聞かなかった。
「じゃあ、また」
と、その言葉で別れたんだ。

「また」があることは、とても幸せだ。
また会える、また会いたい、そう思うから人は動く。
「また」を待つのではなく、自分で作り出さなくてはいけない。

その日の通り雨のような、恋にもならなかった想い。

ふと思い出したのは「恋のはじまり」をのぞいてしまったからだろうか。

また、新たな「恋のはじまり」を見かけたら、しっかりと応援しよう。
私みたいに「また」を信じて行動を起こさない、なんてことがないように。

***

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2022-08-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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