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それを聞いたのは、そのときが最初で最後


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記事:板井さやか(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 

実際に人が言ったのを見て驚いた言葉、「このアマ!」
 
知識として言い回しは知っているが、具体的にアニメやマンガ、小説の中で誰かが言っているのを見たり読んだりした記憶がない。
15年前に1度だけ、それ言った人を見たことがある。
 
大学進学を機に地元の北海道を離れ、横浜で一人暮らしを始めた。
入学前の諸手続きとアパート入居スケジュールの関係で、最初の数日はホテルに滞在する予定だった。
引っ越しを手伝ってくれる母が来るのは数日後、私は着替えや文房具が詰まったスーツケースを引きずって横浜駅に到着した。
スーツケースは大きく、進学祝いで買ってもらったノートPCが入っているトートバッグも重い。
土地勘もなく右も左もわからない私は、横浜駅から滞在予定のホテルまでタクシーに乗るよう言われていた。
 
駅のタクシー乗り場では、運転手さんとは別の人がいて、その人が重いスーツケースをトランクに入れてくれた。
目的地到着までは短い間だったが、運転手さんは愛想よく話しかけてくれていた。
私が明らかに上京(横浜だけど)したてで、不安そうにしていたからだろう。
ホテルに到着し、さて降りようとしたところで、その人は言った。
「荷物、自分で降ろしてくれる? 俺、腰痛くてさ」
ある意味、職務放棄である。
しかし当時の私は純粋無垢で世の中には変な人がいることを知らなかったので、「腰が痛いなんてかわいそうに」くらいに思い、トランクからスーツケースを降ろした。
 
実はそのスーツケースには、着替えと文房具のほかにも、絶対に読まないであろうPCの説明書や本がたくさん入っていた。
空港のカウンターでは制限重量をはるかにオーバーしていたが、職員さんに「今回だけは見逃しますね」と言われ、課金を逃れていた。
しかし、その重さ約30キロ。
 
そんな重たいスーツケースを身長159cmの私がタクシーのトランクからスムーズにひょいっとおろせるはずがないのだ。
運転手は全く手伝う気配も見せずに、横に立って私の動作を見ている。
足を踏ん張りなんとかトランクから出し、地面に置いたところでいきなりその人は叫びだした。
「お前なにやってんだ! ふざけるな!」ほかにも何か私に向かってすごい剣幕でまくし立ててくる。
どうやら、スーツケースを降ろすときにトランクの内側の淵をこすったようで、そのせいで傷がついたらしい。
いろいろなことに動じなくなり、神経も態度も体も図太くなった今なら、「そもそもその部分は傷つくことが前提の場所であるし、あなたが自分の仕事をしないからだ」と冷静に返せる気がする(というか、そうできるようになっていてほしい)。
しかし、18歳でたったひとり知らない町で周りに誰も頼れる人がいなく、いきなり知らない男の人に怒鳴られた私は、とにかく恐れおののいた。
これまでの人生で一番ショックな出来事である。
どうしたらいいかわからず、ひたすら「すみません」と謝るしかできない。
こちらが謝ってもその人は、怒鳴り続けるのをやめない。
「そもそも1メーターの距離でタクシーなんか乗るな!」などと叫び続けている。
気持ちはわかるけど、それをお客さんに言うのは違うだろう。
涙こそ出ていないが、もう泣く寸前の私は逃げるように座席から荷物を降ろし、ホテルに入ろうとした。
最後にその運転手が放ったのは「このアマ!」という言葉。
これを聞いたとき、なぜか冷静に「本当にこんなこという人がいるんだ」と思ったことを覚えている。
少しだけ、本当に少しだけ感動した。
そして、おそらくもう二度と誰かに言われることもないだろうとも思った。

いろいろなことを経験した今、冷静に考えると、あの運転手はその瞬間に起きた出来事ではなく、日頃たまっていた鬱憤を私に向けて怒鳴り散らしていたのだろうと思う。
わずか5分程度の間に起きた出来事に、そんなに長々と文句を言えるはずがないのだから。
若くて、自信なさげで威張り散らしても反論してこない、大事にならないと考えたのだろう。
こちらとしては、堪ったもんじゃないが、どことなく岸部シローに似たあのタクシー運転手の顔も、声ももう忘れることにする。
 
いくらか経験や知識が増え大人になった今、あの運転手はもはや恐れる対象ではなくなった。
困ったときに頼れる人もいるし、筋トレもしているので、いざとなったら対処できるはずだ。
今考えても、あれは理不尽な出来事だったと思うけど、まさか現代では使われることがないと思っていた「このアマ!」発言が聞けたという、ある意味感動を与えてくれた印象的な出来事でもあった。
 
当時はただただつらく悲しい出来事だったけど、時間が経った今、おもしろい部分も見えてきた。
もしかすると何事にもそうなのかもしれない。
どこからそれを見るかで見方は変えられるのだろう。
もし、この先何かをふと思い出すことがあったなら、おもしろい方を先に思い出せるといいな。

 
 
 
 
***
 
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2022-09-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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