メディアグランプリ

意外な救世主に私たちは救われた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西元英恵(ライティング・ゼミNEO)
 
 
9/1問題というのを、みなさんはご存知だろうか。
 
最近はテレビなどのメディアでもよく取り上げられるようになったが、これは夏休み明けの始業式の日に子供の自殺が増加する、というものだ。
まだ幼い子供たちが自ら命を絶つということほど悲しいことがあるだろうか。
 
こういった案件が少しでもゼロに近づくために9/1付近になると各メディアでは、この流れをせき止めるための呼びかけが始まる。
 
新学期が始まり数日たったある日、私が住む都市の夕方六時のNHKニュースのローカル版でもこの件が取り扱われた。その中である一つのフリースクールが紹介された。フリースクールとは何らかの形で学校に行くのが難しくなった子供たちを受け入れ、学びの場を提供しているところである。もし子供が学校に行けなくなった時、こんな避難場所もあるよ、という形でこのフリースクールは紹介されたのだ。
 
実はこのフリースクールに、我が家の小学1年になる息子も今年の6月から通っている。
きっかけも何もなかった。入学式を無事に終えホッとしたのも束の間、息子は学校へ行くのを渋り、朝からポロポロと泣くようになっていった。
 
息子の話を聞いたり、担任の先生やスクールカウンセラーに相談したり、いつもより多めのハグで癒したり、好きな時間を増やしたり……ありとあらゆる事を試したが、それらが功を奏することはなかった。
それどころか、渋りながらでもなんとか小学校に通ううちに息子の目は光を失っていった。それはまるで浜に打ち上げられた魚が水を得られず、だんだん弱っていくさまに似ていた。
 
あぁ、もうダメだ。母親の直感だろうか。このまま尻をたたいて登校を促したところで何にもならない。むしろ悪影響なんじゃないか。そう思った私は、担任の先生と夫にそれぞれこう宣言した。
「しばらく無期限で学校を休ませます」
 
「選択的積極的不登校」と自分で位置づけてみたものの、2人で家に籠る生活は苦しかった。最初の2.3日はテレビを見たりゲームをしたり勝手きままに過ごさせていたが、やはり全く勉強をしていない状態が気になりだす。今思えば小学1年生の学習進度で考えるに、丸々1年間NO STUDYでいったところでNO LIFEになるなんてことは恐らく無く、いくらでも後から追いつけただろうに、あの頃の私はなんだかとても焦っていた。それは勉強に対する焦りではなく、息子と私の二人だけがこの社会から取り残されているという焦りだった。しかも、これがいつまで続くかわからないのだ。
 
無理もなかった。同じタイミングで入学した幼稚園時代のお友達はみんな、すんなり何の問題もないように小学校に通っている。息子も幼稚園時代はイキイキと登園し、園生活を満喫していたというのに。どこで何を間違ってしまったんだろう。砂山の砂がサラサラと崩れていくように「母親」としての自信はあっという間に消えてなくなった。
 
その頃、理由を探るべく「不登校問題」を取り扱うYouTubeを漁ったり、コラムを読んだりして一つだけわかったことがあった。それは不登校に陥る時、なぜ行けないのか、その子供自身も理由がわからない場合がほとんだという事だった。いじめや人間関係または教師との軋轢などが原因で不登校になるのは稀なケースが多いらしく、なぜ行けなくなったのかを言語化できるのは二十歳近くになってからというのも珍しくないのだ。
 
不登校になる子の多くは特有の繊細さや感受性を持ち合わせている事が多く、「ま、いっか」で流せず、ちょっとした不快さをため込んでいく……とあった。
これについてはドンピシャで、息子は赤ちゃんの頃から泣いて泣いて泣きまくるような事もしょっちゅうで、あまりに泣き止まないので病気を疑ったこともあった。言葉を話すようになると、五感が鋭いゆえの不快感を訴えることも少なくなかった。
 
ハッキリとした理由がわからないということがわかったところで何の解決にもならず、相変わらず2人きりの暗い引きこもり生活は続いていた。だんだんとメンタルが下降線をたどっていくのが自分でもわかった。2人は車がバンバン走る広い道路の中央分離帯で立ち往生するみたいに、完全になす術をなくしていた。もうあの明るい幼稚園時代に戻ることもできない。かといって、この先あれほど登校を嫌がった小学校に丸腰で戻れる気もしない。
 
メンタルの下降ゆえ、少しのことで泣きべそをかくようになった情けない私を見かねて夫が一つの提案をしてきた。
「近所にこんな所があったよ。しばらく通ってみたらどう?」
夫がこちらにスマホの画面を差し出す。そこには「子供たち1人1人の特性に合わせたサポートで学びの場を提供します」とあった。
 
正直何でもよかった。子供と私の気持ちを受け入れてくれる場所があるなら。誰かこの状況を脱するのに手を貸してくれ。とりあえず、溺れかけている私たちに浮き輪を投げて救助してくれ。そんな心境だった。
早々に面談の日時が決まり、その日は息子と二人でその門を叩いた。
 
緊張する私たちの前に60代のおばちゃんが現れて、開口一番こう言った。
「あんた、学校に行けんくなったとね!」
なんと不躾な!! 誰だ、このおばちゃんは! と驚くも、この人がたくさんの不登校児を救ってきた校長先生本人だった。不意に急所をつかれた息子はもごもごと口ごもったきりだ。
 
不登校という繊細な問題を扱うのだからもう少しオブラートに包んだというか、配慮した物言いを想像していたが、それは全く違う結果となった。とにかく校長は良くも悪くも何の飾り気も無い人だった。それは姿にも表れていた。その日は、夏の気配がそこまで近づいているような暑さだったが、校長は裸足にサンダル履き、フワッとした綿のワンピースに身を包み、顔はほぼスッピンという出で立ちだった。酒焼けでもしているのか? という低いしゃがれた声で私たちのリズムはほぼ無視のマシンガントーク劇場が幕を開けた。もし子供を預けるなら、事前に聞いておきたい事は山ほどあったが、その隙を与えないほどにこの学校が作られた経緯、今までどんな子供が通ったか、どういうことに力を入れているかなどを力説した。
プロローグなしで物語の本編にいきなり突入したみたいだった。
 
「行けなくなった理由をね、私もう聞いてないんですよ。昔は聞いてたんだけどね。聞いてもわからないこともあるから」
私が予習してきた通り、不登校の原因を校長は全く探ろうとしなかった。確かに! いま、聞かれても息子も私もきっと答えようがない。
 
「ここはね~、いいよ~。好きな事、楽しい事たっくさんやらせるけんね!」
とにかく体験学習が多くカリキュラムに組み込まれているこのフリースクールでは、祭りの見学、海、プール、花火、映画館……ありとあらゆる場所に連れて行ってくれるらしい。
 
「あ、でもここはきっちり勉強もやらせるけんね。あんた勉強は好きね? お母さん、この子座って勉強はできますか?」
息子と私をせわしなく交互に見ながら質問をする。どうやら入学の唯一の条件がこの「座って勉強ができる」ということらしかった。息子はその点は大丈夫だ。
 
一口にフリースクールといっても、その内容は多種多様だ。
あえて山のなかに作り自然に触れさせながら心の英気を養うことを目的にしている学校、コンピュータでそれぞれの学習進度やカリキュラムを管理するイマドキの学校、そして今回私たちが訪れた勉強と遊びが半々くらいの割合の学校。
小学校の教諭を30年間勤めた校長は、勉強はやはり大切だと考えているようで午前中の2時間だけは集中して机に向かわせると言った。
 
「あんた、何か好きなことはあるとね?」
「あ……、えっと、歌を歌うこととか……」
息子なりに頑張って答えようとしていたが、言い終わらぬうちに校長が言葉を被せてくる。
「歌!? いいやん!! あ、ちょっと待ってね、歌やったら上手い子がおるとよ~」
校長は手元のiPadのアルバムを広げ、ステージらしき場所で声高らかに歌い上げる女の子の動画を見せてくれた。息子の歌の話については深掘りされることも無く終わってしまった。
 
悪い人じゃないんだけど、勢いが強すぎてなんか圧倒されるんだよなぁ……。
そんな事を思いながら隣に黙ってちょこんと座っている息子をみると「可もなく不可も無く」といった何の温度も感じていないような表情をしていた。
おい息子よ、お母さんはちょっと引いているよ。君はどうなんだい?
 
おまけに校長は片付けが苦手なのか、通された部屋はなかなか取っ散らかっていた。ホワイトボードには書きかけの文字、子供の遊び道具のようなものが床に転がり、そこかしこに置かれた段ボール箱たちは、餌を待つひな鳥のように口を開けていた。
 
私もズボラな性格ゆえ片付けは得意な方ではないが、それでも子供を預けるなら安心安全な場所がいいという親心から、若干の不安が残った。
 
結局当初の予定の1時間を大幅に過ぎていわゆる「カウンセリング」は終了した。校長のマシンガントークがあまりにも終わりそうにないので、最後は私から「先生、そろそろ館内の見学を」と促したくらいだった。
 
「ここ大丈夫かな」と思わせるほどに、なかなかの強烈な個性を持つ校長。それでも勢いに押され、次の日から3日間息子はひとりでフリースクールの体験に通うことになった。それには校長の言葉が後押ししたのも事実だった。
「お母さん、行けない場所の事を考えてクヨクヨしても仕方ないですよ! そういう時はパッと場所を変えてみるのも一つの手です! 大丈夫、私に任せて!!」
ツッコミ処満載の校長ではあったが、真直ぐに目を見て言われた時「確かにそうかも」と引きこもり生活で固くなった心が氷解していくのがわかった。
 
体験でフリースクールを訪れた次の日の朝。
家を出るまではよかったが、建物に着き教室に入ると、急に不安な顔を見せ息子は案の定ポロポロと泣き出した。初めての場所を異様に怖がる息子のことだ。想定の範囲内だった。
「うんうん、お母さんにいっぱい抱っこしてもらっとき」
そばで見守っていた校長が声を掛ける。頑張れよ、の気持ちを念に込めて息子の背中に手をまわしギューッと強めに抱きしめた。完全に泣き止みそうにはなかったが、校長がニコニコしながら「大丈夫、大丈夫。先生がついとるけんね」と励まし息子は次第に落ち着く。私は多少後ろ髪を引かれる思いを残したまま、フリースクールを後にした。
 
14時のお迎えで子供に会いにいくと、意外とケロっとしている。
「お母さん! この子全然大丈夫やない! 何を心配しとったとね」
前日のカウンセリングで果たして一人で体験を乗り切れるのかという不安をつい口にしてしまった私に、校長が言った。
聞けば、校長に促された息子はみんなの前で堂々と大きな声で自己紹介をしたという。
よかった、この場所には馴染んでくれるかもしれない。
 
2日めの朝も泣きはしたが、私と離れたあとのびのびと過ごしていたことを校長が教えてくれた。大好きなごっこ遊びでやっている車掌のアナウンスものまねを、どうやら張り切って披露したらしかった。そこには小学校では見せることのなかった等身大の息子の姿があった。
 
3日目になっても朝は相変わらず泣いていた息子だが、その日はちょっと様子が違った。泣きながら私の耳元で小声で何か言っている。
「え? なになに?」
「……校長先生は今日は来ないの? ぼく、校長先生がいい」
え……。
息子がなんとあの校長を恋しがっているではないか!
他にも一緒に過ごしてくれた若いスタッフが多数いたが、息子の心のカギを開けたのはどうやら校長らしかった。まだ出会って4日目だ。そんな出会って間もない人に警戒心強めの息子が心を預けるというのは、珍しい事だった。
 
キャラ濃いめのキャラクターに息子も引き気味なんじゃないかと心配していたが、とんでもなかった。何の飾り気もなく、ある意味遠慮なしにズカズカと息子の心に飛び込んできてくれた校長に息子は心を許したのだ。
 
朝は別件で外出していた校長だったが、私がお迎えに行く頃には息子の隣にいてくれた。
そして今日あった出来事を報告してくれながら、校長は言った。
「お母さん、この子面白いね~! もう自分出して楽しんどるよ! だけん言ったと! あんた、ここに来るために生まれてきたんやない? って」
 
そんな大袈裟な……と苦笑いしそうになったが、息子はまんざらでもない表情を浮かべていた。校長は私にグッと近寄ると耳元でこう囁いた。
「お母さんね、まずは子どもの居場所よ。『僕はここに居ていい人間なんだ』と思わせんとね」
なるほど、大袈裟な物言いは校長の作戦だったのだ。
 
3日間の体験学習が無事終わり、本人の意思も確認したうえで、このフリースクールにお世話になることに決めた。こうして私たち親子はあらたな居場所が見つけた。
 
もちろん、フリースクールに通うことになったからといって全てが解決するわけじゃない。繊細さゆえの怖がりの克服だったり、人間関係を構築する術を学んだりまだまだ課題は山積みだ。それでも二人で暗く引きこもっていた頃に比べて息子は格段に明るくなったし、フリースクールでの様々な体験を経て少しずつ自信にもつながっているように見える。
 
今でも普通にランドセルを背負って当たり前のように元気に小学校に登校している子供たちを見ると心がギーッと不穏な音を立てそうになるが、それでもやはり息子が元気に毎日を過ごしてくれるのを見ていると心底ありがたくホッとする。
 
取材されたNHKのニュースの中で校長はこう語った。
「おうちのひとたちが否定したら子供たちは居場所をなくして大変なことになると思うので、安心できる場所をあちこちに持っておくことがいいんじゃないでしょうか」
 
回り道をしたり、立ち止まってみることで、また新たに見つかる幸せもある。
今日も元気な息子を見て、今はそれを噛みしめている最中だ。

 
 
 
 
***
 
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2022-09-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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