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そして、また会えた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティングゼミNEO)
 
 
昨年からブドウ愛が止まらなくて困っている。
45年生きてきて、ブドウに一目惚れなんぞしたことがなかったのに。
ブドウなんて、家族が買って来たり、近所の方からいただいて「ふーん、ブドウね」なんて思うほど、素っ気ない態度をとっていたのが信じられないくらいだ。
一目惚れしてから1年経った今も、気がつけば「あれ」を探して、果物コーナーをうろうろと彷徨っている自分がいる。
 
そのブドウは「マイハート」という。
 
山梨近辺にお住まいの方はご存知かもしれないが、元ワイン会社の方が葡萄研究所なるものを作り、開発した新種のブドウである。
この「マイハート」には私の「勝手にオススメポイント」が三つある。
一つめは、何といっても形がかわいい!
世の中にハート型のグッズは数多くあるが、ハート型のブドウはこの品種だけだ。房からそっと離した一粒を見ているだけでも、まるで宝石を眺めているようで頬が緩むし、これをまたナイフで半分に切るとこれまた美しいハートが現れる。
「かわいいねー」
と言いながら、食べるのがもったいなくてついつい見入ってしまうのである。
間違いなく映える!
 
二つめは、驚くほどの甘さである。
一説には糖度20度とも言われており、張りのある皮を噛んだ瞬間、一気に口の中に押し寄せる果汁の波に思わず圧倒される。しかも、皮ごと食べられるうえに種もない。ブドウにありがちな皮の渋みもまったくないのである。
一般的に甘いとされるメロンでも糖度は14度くらい、有名になったシャインマスカットで言えば「特級品」のシールが貼られるほどの甘さである。
 
三つめは、プレゼントされると皆が目を見張り、そして必ず笑顔になる。
「ええっ! 何これ?」
「かわいい! エモい!!」
一粒だけではなくて、一房全体がハートに包まれており、ずっしりと重みがある。
「ありがとう! あのブドウ、美味しかった!」
と皆が口を揃えて言う。
かく言う私も、もしあのマイハートをもって男性がプロポーズにやってきたら、おそらく感激して笑顔で即決しそうである。
 
ただし、このブドウは新種であるがゆえに希少価値が高い。
開発した研究所によると毎年9月から10月にかけて出荷される品種らしく、事前に一般客からも予約は7月から受け付ける。そこで予約すると一房3,000円以上プラス送料が必要になる。しかもクール便でしか送ってもらえないため、とんでもなく高い。
一房のブドウにそこまで払えるほどの高給取りだったら、迷わずポチっとしたいところだ。
「派遣社員の安い給料で買えるもんかー!!」と怒りを通り越して、悲しくなってしまう。
 
しかし私が住んでいる地元のスーパーでは、なんと一房980円という超お手頃価格で入手できるのである。
もともと珍しい商品を置くことで有名なスーパーなので、今年もきっと「マイハート」を仕入れてくれるだろうと確信していた。しかし、それだけでは確実性がない。
どうしたら、今年もあの魅力的なブドウに出会えるだろうか……。
店員さんに頼んでも、売場担当が変わるかもしれないし、話がちゃんと伝わるかは微妙だ。
そこで浮かんだのが、インスタグラムで店長と繋がるという作戦だった。
 
ある日、よく購入する商品にそのスーパーをタグ付けして投稿をしたところ、見慣れないアカウントから、いいねが来た。
一体誰だろう? とアカウントを見てみると、なんとそのスーパーの店長さんではないか!
思わぬタイミングで店長さんと繋がったことで、私は食い気味にダイレクトメールを送った。
「昨年、マイハートという激甘なブドウにハマり、ブドウ愛に目覚めました! 今年もバイヤーさんが見つけてくださることを願っております!」
すると、
「はい、わかりました。マイハートの入荷を調べます。なんなりとお尋ねください」
と嬉しい返事が来た。
やったー! これで今年もあの愛しのマイハートに会える!!
そう思うと、おそらく入荷するであろう時期の1ヶ月以上前から、もうワクワクが止まらなかった。ブドウ愛が私の中で炸裂していた。
「は~やく会いたい、マイハ~ト」
ふんふんと鼻歌なんぞを歌いながら通勤する、46歳のアラフィフ独女。
傍から見ると、実に怪しい……。
 
ところが私の上がるテンションとは裏腹に、開発した研究所では問題が起きていた。
今年はブドウにとって決していい年ではなかったのである。
梅雨時は大雨に見舞われ、その後、鳥類による被害が多発し、さらに猛暑がブドウの成長に追い打ちをかけた。想定以上の気温上昇により、本来は赤く色づくはずのブドウの実が緑のままだという。
インターネットで注文した方へ出荷することができないお詫びの文言も掲載されており、注文していない私ですら、かなりのショックを受けた。
「マイハート、全滅です。1年間努力してきたのに。天候には勝てない」
という投稿を見た日には、思わずため息が出た。
開発した本場で収穫ができないのに、九州で収穫できる保証も確証もない。
帰りの電車で流れる景色をぼんやりと見ながら、つぶやいた。
「私だって……、私だって1年間ずっと待っていたのに……」
 
さらに、地元スーパーの店長からもあの返事以来、メールが来ることはなかった。
「そうだよね。単なるお客にいちいちブドウが入荷しました、なんてお知らせがくるわけないじゃない。店長さんだって忙しいんだし、私は何を過剰に期待していたんだろう」
ちょっとメールをもらっただけで、思い上がっていた自分を恥じた。
よくよく売場を見てみると、スーパーだけでなく、デパートの果物コーナーに並んでいるブドウたちは昨年に比べると、圧倒的に数が少ないうえに値段も高い。
しかも、どの果実もどう見ても二回りくらいは小さく、購買意欲をまったくそそらない。
仕方なく今年は他のブドウで我慢しようかと思ったが、思いのほか高くて小粒すぎるブドウをレジまで持っていく気持ちにはならなかった。そもそも、ブドウ愛に目覚めたのは、あのマイハートがあったからである。
やっぱりあれじゃないと、買いたくない!
 
そんな思いを抱えたまま、9月になり連休がやって来た。
たしか昨年もこれくらいの時期に出会ったような気がすると思うと同時に、
「もしかしたら、マイハートが今日入荷しているかもしれない!」
何の根拠もなかったが、いきなり「虫の知らせ」ならぬ「ブドウの知らせ」がやって来たのである。
ちょうど、買い物に行こうとしていた母をつかまえて私は言った。
「ねえ、今日はあのスーパーに行ってみない? なんだか、マイハートがある気がするの」
「え? だって、店長さんから何の連絡も来てないんでしょう? ないわよ、きっと」
という母をむりやり説得してスーパーに連れて行った。
あったらいいよね、でもやっぱないかもしれないね、というイチかバチかの賭けを楽しみながら。
 
 
果物コーナーは店の入口からすぐ左手にある。
カートに買い物かごを入れている母よりも先に店に入り、いつものようにアルコールで手を除菌する。そして、入口から左側を見た瞬間……。
見覚えのある、ごつごつとした形状のブドウが並んでいるのが目に入った。
「うあっ!!」
声にならない声が思わず出た。
私はくるりと振り向いて、こちらにゆっくりとやって来る母に無言でブドウの棚を指差した。
そして小声で言った。
「あった! あったよーーー!!」
紛れもなく本物のマイハートだ。1年間首を長くして待っていたあのブドウが、私たちの目の前でライトを浴びてキラキラと光っている。
母も目を見開いて、きれいに整列したマイハートをまじまじと見つめた。
「わぁ、本当に売ってたんだね。このスーパーにあるなんて、今まで何度も来ていたのに全然気づかなかったわ」
母も私の声も心なしか上ずっているのがわかる。お互い嬉しくてたまらないのだ。
 
今年はブドウにとっていい年ではない、という情報はたしかだった。
昨年は20パックほど入荷していたのだが、今年はわずか8パック。色づき具合もあの研究所の投稿通り、赤みが薄めで粒もやや小ぶりである。
それでも、他のスーパーで見た小粒すぎるブドウとは違い、手にするとずっしりと重みがあった。これで今年も980円だなんて、信じられなかった。
つぶれないように優しくマイバッグに入れる。帰宅する足取りは、行きとは全く違った。あの甘さを1秒でも早く味わいたいという気持ちがぐいぐいと背中を押していた。
 
帰宅すると、家族全員がマイハートを見て笑顔になった。
「うわー、めちゃくちゃうれしいね」
「今年もまた会えたよー! 1年ぶりのごぶさたです」
「ねぇ、早く洗って食べようよ!」
 
それぞれが、一粒ずつそっと手に取り、小さいハートを確認し、ゆっくりと口に運ぶ。
「んー、やっぱ甘いねー!!」
口を揃えて皆が言う。
一粒食べただけでも、甘さとともに優しい香りが鼻から抜けていくのがわかった。
まるで美味しい日本酒を一口含んだ後のように、マイハートの香りの余韻に包まれる。
「ああ、生きててよかったねぇ。最高!」
「今日、スーパーにあるってなんでわかったの?」
「わからない。わからないけど、ただ、あるといいなって思ったんだよ」
マイハートを囲んで、家族団らんの時間が愛おしく思えた。
 
もう一粒食べようとつまんだ時、なんとも不格好なハート型をしていることに気づいた。
それだけ見ると「マイハート」だとはわからないくらいだ。
しかし私はそれを見て、ふと「これ、なんか自分みたいだな」と思った。
決して見た目が秀でているわけでない。それでも、なんとかハート型になろうとしてがんばっている感じに妙な親近感を覚えたからである。
人間が生きていく中で、毎年が完全なハート型のようにうまくいくわけではない。
むしろ、日頃は苦手なことに直面して投げ出したくなったり、嫌な人とも接する必要があったりする中で、たまに起こるラッキーな出来事に人は大きな喜びを感じるものだ。
そう、私が今日「マイハート」というブドウを見つけられたように。
 
ちなみに「マイハート」が市場に出回るのは、10月中旬までと言われている。
希少品種であるがゆえに、正直なところあまり詳細は教えたくないのが本音だ。
それでも、この記事を読んでくださった方がちょっと食べてみたいなと思ったり、ラッキーな出来事に会えるのであれば、ライター冥利に尽きる。
どうか、あなたの「マイハート」が見つかりますように。
 
 
 
 
***
 
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2022-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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