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「ここから先へ進むと、後戻りは出来ません」という線があった


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:神田 銀平(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
こんなことを考えたことはないだろうか。
 
欲しいものを我慢しないで買いたい。
金額とにらめっこせずに買い物がしたい。
お金がないからと言って何かを諦めたくない。
 
働かなくてもお金が入ってきたら、どんなに楽しいだろうか。と。
 
これからするお話は、未来のあなたの役に立つかもしれない。
でも、その時が来ないことを私は祈りたい。
 
 
私は久しぶりに会った友人から、こんなことを言われた。
「ねぇ、副業とかって興味ない?」
 
当時の私は、あまりにもブラックな働き方をしていたため、会社を辞めてお金を稼ぐ方法があるならと、迷わずその話に飛びついた。
 
友人は手際よく、私を導いてくれた。
 
「中身はオレから聞くより、詳しい人に聞いたほうがいいから、まずはセミナーに参加してよ」
 
場所、日時はすぐにメールで送られてきた。今週末にその詳しい人が東京からやって来るらしく、じっくり考えるより、気に入らなかったら断ればいいからとりあえず参加してみてほしい。とのことだった。
 
今より前向きな気持ちでお金を稼ぐことが出来るかもしれない。
私は未知の世界に心を掴まれていた。
 
その日はあっという間に訪れた。土曜日の午前中から始まるというので平日の疲れはあったが、新しいことが始まるかもしれないという高揚感が足を軽くした。
 
会場には私のほかに25名ほどの参加者がいて、その中には友人の姿もあった。隣の席に着くと彼は私が手持ち無沙汰にならないようにと説明を始めた。
 
東京から来る「詳しい人」には自分もまだ会ったことがないということ。
自分もセミナーに参加するのはこれが3回目で、私と同じくビギナーだということ。その他にも、「最初は不安だよね、オレもそうだった」とか、「こういうのは考えるより先に、始めちゃった方が理解が早いんだ」とか、そんなことを言っていた気がする。
 
市民会館の一室を借りたこの空間には、何かに酔ってしまいそうな異様な空気が充満しており、彼が私に気を使って話を続ける横で、私はなんだか危なげな雰囲気を肌で感じていた。
 
「みなさん初めまして、私がこの会の責任者の○○です。今日から皆さんの新しい生活が始まるかもしれません。10年後に素晴らしい生活が出来るよう一緒に頑張りましょう」
 
サングラスをかけたら変に似合いそうな、スーツをパリッと着こなした男性はプロジェクターとパワーポイントのスライドを駆使しながら、いかに自分はいい生活をしてるのか、どれだけ稼いだのかを豪語し続けた。
 
1時間ほどのセミナーに圧倒された私に、「お腹すいたよね、昼飯でも食べようよ」と友人は声をかけた。
 
ランチを食べながら「ああいう生活って憧れるよね」とか「難しい話もあったかもしれないけど大丈夫だよ」とか「みんな優しい人たちなんだよね」とセミナーが始まる前と同様に彼はとにかく話し続けた。彼の話を聞いていた私の頭の片隅では、何かが引っ掛かっていた。
 
食後のコーヒーを飲んだくらいのタイミングで、私はようやく気づいた。
「これって、マルチ商法なのでは?」
 
え? ちょっと待って、これってみんな言わないけどそういうことなの? なになに怖くない? 私はひどく動揺した。
 
少し冷静になった私は、もう一度目の前の友人を凝視した。
うん。目を見れば分かる。彼は既にハマっていた。
 
目には見えない線があって、友人は向こう側に、私はこちら側に立っていて、この線を踏み越えてしまったら、もう戻れないような気がした。
 
「もう少し考えたいから帰ったらまたメールするわ」そう言って席を立った。「あんまり悩むようだったら別の人誘うから早めにね」急かすような物言いに、少し手慣れた感じがした。
 
断る前にマルチ商法についてネットで調べてみると以下のことが分かった。
・マルチ商法とは商品を知人に販売し、その紹介料が参加者の懐に入るという仕組みだということ。
・マルチ商法を行う者は知り合いに会うたびに勧誘を行うため、友人と疎遠になったり、あの人とは付き合うのをやめた方がいいと噂されやすいこと。
・ねずみ講は商品がないから違法で、マルチ商法は商品があるから合法だということ。
 
違法ではなく、国が商売として認めているということが気になった。
そして理系だった私は、学生の時に受けた数学のテストと同様に、期待値を計算し始めた。
 
10年先には素晴らしい未来が待っている。とはよく言ったものだ。
ざっと計算してもこの商売は1年後には破綻する。
 
説明がややこしいので詳しく知りたい方は「マルチ商法とは?」とネットで検索してほしいのだが、簡単に説明すると、誰かが誰かを勧誘するというこの仕組みはあっという間に勧誘する側が増え過ぎてしまう。
 
ねずみが指数関数的に繁殖していくように、昔流行ったチェーンメールが爆発的に広がったように、知り合いを6人辿れば誰でも有名人にたどり着けるというように、その広がり方は尋常ではない。
 
何が言いたいかというと、誘われる側が大体1年後くらいにはいなくなる。日本の人口なんてその程度だ。だから勧誘し続けるというこの仕組みは長く続かない。そう、計算すれば分かることだった。
 
どんなに広大な草原が広がっていたとしても、牛を毎日のように増やしていけば、すぐに草を食べつくしてしまう。最初はいいのかもしれない。でもエサがなくなったらどうなるか、想像するのは容易い。
 
結論を言ってしまうが、私は誘いを断った。
 
始めてしまえば初期費用を回収するまで簡単にはやめられないらしく、友人を引き留めるのは極めて難しい。とネットに書いてあった。
 
数年後、続けるのが辛いということできっぱりやめたことを共通の知人に聞いた。その後どんな思いをしたかまで深くは聞かないが、地元に帰れば今でもその友人とは酒を交わす。
 
それが、ちょっとおちゃめで新しいもの好きの憎めない友人と私の間に起こったちょっとした事件だ。いつか笑い話にできればとこっそり思っている。そして皆さんが同じような話に出くわした時にこの話を思い出して、ちゃんと踏みとどまってもらえればいいなと思う。
 
 
 
 
***
 
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2022-09-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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