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女神の娘缶


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記事:大高 充(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
そのサッカー界のレジェンドは
記者にかこまれながらブラウン管のむこうでこう叫んでいた。
「娘に誓って俺は無実だ」
朝のワイドショーがアルゼンチンのマラドーナのスキャンダルを連日報道していた。
いまから30年前の話だ。
 
当時二十代の半ばだった私はそれをいうなら「娘に誓って」ではなく「神に誓って」じゃないか? とおもった。そもそも誓う相手が違うのではないか?
その時わたしはまだ結婚していない。もちろん娘もいなかった。
 
やがて
私は結婚し、テレビは液晶になり、息子が生まれ、やがて娘をさずかった。
その娘もいまは高校生だ。
 
娘の父親になってからマラドーナのことをはじめて理解できた。
「娘に誓って俺は無実だ」と言ったマラドーナは本気だったことも、そして彼に掛けられていた嫌疑もシロだったと確信するようになった。
 
それはなぜか? 簡単な話だ。
娘とは誓いをたてるに値するものだからだ。
 
まず父親というものは
「パパ、だいすき」の何気ないこの一言に歓喜する。
そして「パパ、気をつけてね」の一言で今日も仕事をがんばろうという気持ちになる。
やがては「早く帰ってきてね」の一言で何があってもこの子だけは幸せにしようと心に誓うまでになる。
 
父親は「パパ、だいすき」この七文字の言葉がきっかけに神様を超えた女神としてあがめたてまつるようになるのである。
神仏からここまでありがたいお言葉を賜ったことあったろうか?
「だいすき」も「気をつけてね」も「早く帰ってきてね」も言われたことはない。
そうやってわれわれ父親とって娘は神格化され女神になっていくのである。
娘は女神であるわけだから、娘に誓うことはアリなのである。
マラドーナにはすまなかったと謝りたい。
 
さらに娘と父についてもう少し話を進めていこう。
 
彼女の遺伝子には「幼いうちは父親に保護してもらうように」とプログラムされている。
それは生物の生存本能として当然だ。
だが、父親はこのプログラムに翻弄され、夢をみることになる。
この期間は父親にとってはかけがえのない“黄金の日々”になる。
 
「海に連れてって―」「はいよー」
「アイス買ってきてー」「わかったよー」
「誕生日おめでとー」「ありがとー」
「今日は早く帰ってきてねー」「ダッシュで帰ってくるよー」
「温泉つれてってー」「まかしとけー」
 
さらに女神は信者である父に、肩たたき券、誕生日おめでとうメッセージ、幼稚園で書いた少し下手な似顔絵などたくさんのものを分け与えくださる。まさしく“黄金の日々”なのだ。
 
だが
 
あれほど仲睦ましかったわれわれ父娘の仲もやがて終焉を迎えることになる。
女神である娘は信者である父に試練をお与えなさる。
 
遺伝子プログラムが切り替わるのだ。
「パパだいすきプログラム」が終了して、「パパあっち行ってプログラム」が起動される。
それを境に父親とは距離をおくようになる。そして言葉遣いもだんだんにぞんざいになっていく。
 
私も話には聞いていたが突然のことに大変におどろいた。
慌てた。動揺した。何か間違いだとおもった。
やがて現実が変わったことを理解し、最後はあきらめになった。
変わってしまった女神に大いに嘆いた。
 
 
 
例えるなら
・救いをお与えくださる神様
・いつもご主人を慕ってくれる愛犬
・いとおしい彼女
を一度に失うほどのインパクトだ。
 
そんな悲しみにくれていた私に、追い打ちをかけるように心無い言葉を掛ける女性もいる。「どんなに可愛がっても、どうせお嫁に行ったら、同じお墓には入れないのよ」
娘の母親だ。
 
嫁ぐことは想定内だったが、まさか同じお墓にも入れないとは想定外だった、というか不覚にも気づいてさえいなかった。
「そんなに可愛がると別れがつらくなるわよ」とまでいう。まったく冷血な女だ、父親の顔が見てみたい。
 
冷血女は「でもあと10年もすればまた仲良くしてもらえるわよ、すぐに王子が迎えにくるけどね」ととどめをさすように言った。
 
あの“黄金の日々“はもう帰ってこないのか?
いや、私にはまだあれが残されている。
 
娘缶だ。
 
娘缶は一見ただのディズニーランドで買ったクッキーの空き缶のように見える。
人魚のアリエルの絵が書かれたものだが、私にとっては宝物だ。
 
この中には肩たたき券、似顔絵、誕生日メッセージなどが懐かしい海や温泉の思い出とともに詰め込まれている。ほかにも100点の国語の解答用紙、25点の算数の解答用紙、一緒に撮ったプリクラもある。
蓋をあけるといまでも「パパだいすき」の笑顔が見える。あのときの声も聞こえる。
娘缶にはあの“黄金の日々”のおもいでが詰まっている。
 
時々ではあるが、いまでも娘は私に好物のカレーパンを買ってきてくれる。
やはり女神だ。
 
 
 
 
***
 
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2022-09-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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