黄昏に消えたPちゃん
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大高 充 (ライティング・ライブ東京会場)
家に帰った小学5年生のわたしは、すぐに異変に気がついた。
ペットのPちゃんがいないのだ。
Pちゃんが行方不明だ!!
そこは西に見渡す限りの田んぼが広がり、秋には黄金色に染まった稲穂が実り、稲わらの香りがなびいてくる、のどかな昭和の田舎だ。
旧羽州街道の並木道にそって家々が建ち並び我家もその中にある。
キリタンポで有名な県だ。
キリタンポ鍋は、地鶏のトリガラとごぼうで出汁をとり、醤油で味を整えてスープを作り、それに鶏肉、キリタンポ、最後にセリをいれて完成する。
地鶏のスープが染み込んだキリタンポは我々にとって欠かせないものだ。
さて、ことのはじまりは
Pちゃんが行方不明になる4ヶ月ほど前の7月だ。
ある日の夕方、父親がヒヨコを持って帰ってきた。
畳に置いてやると首をカクカクさせながらあたりを見回して、やがてピヨピヨと元気に走りだした。
「ペットとして飼っていいからな」と言われ、私は大喜びした。
どうやら父の友人の子供が縁日で手に入れたヒヨコを持て余したので譲り受けてきたらしい。
名前はPちゃんにした。
ただ、Pちゃんは全身が青い。
なぜ青いのか?
それはスプレーで着色されているからだ。
メス鶏は卵を産むので人間にとって大変に有用だが
オスは無用とされ、廃棄される運命にある。
そこに目をつけたのが、オスのヒヨコをカラーリングして、祭りの雰囲気に浮かれた子供に売ってしまおう、という昭和のブラックなビジネスマンたちだ。
当時は「カラーヒヨコ」と呼ばれて夏祭りの縁日でよく売られていた。
ブルーの他にレッド、ピンク、オレンジ、グリーンも存在する。
5色そろえると“秘密戦隊”ができあがる。
「レッド!」
「ブルー!」
「オレンジ!」
「ピンク!」
「グリーン!」
「5匹あわせて! ヒヨコレンジャー!!」
人間はさしずめ“悪の軍団ブラックサピエンス”といったところだろう。
話が脱線した。
さてPちゃんをどこで飼うか?
お座敷というわけにもいかず、車庫に囲いを用意してそこで育てることにした。
一週間もすると青い色も抜けて、普通のヒヨコとなんら変わらないほどになった。
ブラックサピエンスどもに翻弄されたPちゃんがようやく普通のヒヨコに戻れたことにほっとした。
だが新たな問題が持ち上がる。
頭頂部とアゴのあたりに腫れ物ができたのだ。
子供の私には動物病院に行くにも電車賃すら用意できない。
はたして保険証がなくとも大丈夫なのか?
そんな心配をよそに、腫れ物は日に日に大きくなっていく。
ほどなくしてその正体がわかった。
安心した。トサカだ。トサカだったのだ。
ニワトリは成長が早く、ピヨピヨと可愛いヒヨコは2週間ほどでトサカが生えるまでになる。顔つきも精悍になってきた。
それからしばらくして、季節も秋めいてきた頃。
Pちゃんも着実に成長し、容姿はほぼニワトリだ。
ワルそうな目つき、堂々のブラブラしたトサカ。
もはや、オッサンにしか見えない。
だから可愛くないか? といえばそうではない。
やはり可愛い。
私はヒヨコの頃から世話をしている。Pちゃんがオッサンになっても可愛いのだ。
餌を一心不乱についばむ姿も、彼の不憫な生い立ちを思えば愛おしい。
これから先も私が幸せなペット人生を保証してあげようとおもった。
オッサンPは夕方になると回転するような動きをすることがあった。
父がいうにはそれは鳥目だからだと言う。
ニワトリは夕方でも暗すぎて物が見えなくなる。だからああいう動きをするとのことだ。
またオッサンPは
きまって夜中3時25分になると野太い声を張り上げる。
うるさい。本当にうるさい。
軒先でニワトリなど飼うものではない。
近所のニワトリはメスで可愛らしく「コケコッコー」なのだが
オッサンPだけは「おんどりゃーわれー」と関西風の雄叫びをあげる。
おそらくまわりが全てメスなので気合も入っていたのだろう。
そんな楽しい時間も終わりを迎える。
冒頭にあったようにPちゃんが行方不明になったからだ。
私は一生懸命に探した。
囲いの中にもおらず、畑にもいない。
探せども、探せどもPちゃんは見つからない。
自転車で近所を暗くなるまで探し回ってもいない。
今日のところはあきらめよう。
また明日になればきっと見つかるさ。
すでにあたりは稲刈りも終わり、秋風が冷たく鍋が恋しい季節になっていた。
家に着くと、今夜はキリタンポ鍋だという。
大好物だ。
食卓にすわり、Pちゃんが逃げてしまったようだというと
父親はまあしょうがないな、すぐに見つかるさ、という。
鍋の鶏肉とキリタンポを器にすくい入れて
スープをすする。
うまい!
今日のスープはいつも以上に美味い。
母親にきょうのスープは美味いねと伝えると、たくさんお食べと母はやさしい。
今日は鶏肉が新鮮だからな、と父がいう。
私がハフハフと美味そうに“キリタンポ鍋”をほおばっている様子を両親は微笑ましく
眺めていた。
二人の愛情をいつも以上に感じながら、私はたらふく食べた。
明日もPちゃんを探してくるよ。と早めに布団に入った。
すぐに見つかるはずだ。ニワトリはそう遠くには行けない。
ああそうだ、明日は自転車のタイヤに空気いれておいたほうがいいな
やがて私は温かい布団で眠りについた。
あれから45年経つが、私はいまでも鈍感なままだ。
***
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