朝の通勤電車で、京都のチャップリンに出会った そして、車両が本当に喜劇のワンシーンみたいになった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:武山世里子(ライティング・ゼミ9月コース)
毎朝の地下鉄で、時々見かける60歳くらいの男性がいます。彼は、いつも赤いTシャツやトレーナーを着て、決まった駅からご機嫌さんで乗り込んできます。時には大きな笑い声をあげながら、時には歌いながら、時にはそこにはいない誰かと話しながら。彼の存在は、混みあった車内には場違いで、「問題のある困った人、何をするかわからない怖い人」と映っているようです。あからさまに離れる人もいれば、スマホの画面から目を離さず、彼が視界に入らぬようにしている人もいます。
コロナ禍のある夏の日でした。その日の彼は、電車に乗り込んでくるや否や、目の前の座っている乗客の前に立ち、「ほにゃらら、ほにゃらら(この部分は何度聞いても聞き取れなかった)ありがとうございまーーす」と大きな声を出しました。
あまりにも唐突で、目の前の女性は恐怖でいっぱいの表情になりました。彼はそんな彼女に目もくれず、隣のサラリーマン風の男性にも同じことを繰り返しました。その男性はスマホから顔をあげず、ひたすら彼が立ち去るのを耐えているようでした。その次の男性も……車内は「困った人が乗ってきた」という空気が半端なく漂いました。
そして私の番になりました。彼の表情を見ている限り、私が知っているご機嫌さんの彼でした。内容こそ理解できないのですが、最後の間の抜けた「ありがとうございまーーす」には恐怖感を抱かせるような響きはありませんでした。
いざ、彼に目の前に立たれてみると……よくわからない演説、人の笑いを取ろうとしているとしか思えないような「ありがとうございまーーす」に、こらえきれずに噴き出してしまいました。噴き出した自分自身にびっくりして、「ありがとうございまーーす」と咄嗟に返してしまいました。
彼は隣の学生らしき男性にも「ありがとうございまーーす」を続けました。その学生さんは「えーっ!ぼく?あ、ありがとうございまーーす」と。その瞬間、車内で数名の人が笑って下を向くのがはっきりと見えました。その隣の女性も「ありがとうございますう」と小さな声で続きました。
そして彼はいつもの駅で、ご機嫌さんに降りていきました。
それから半年以上たちました。しばらく彼の姿を見ることがなく、私の日常からも彼はすっかり消えていました。が、先日、久しぶりに地下鉄で再会しました。
マンションの広告を声に出して読み上げながら、相変わらずのご機嫌さんです。そして、私の隣にドカッと座りました。がっしりした体格の駅員さんが彼の後ろにぴったりとついて来て、彼の目の前に仁王立ちになりました。その駅員さんの胸の前には大きな文字で「特別厳重警戒中」と書いた札がぶら下がっています。明らかに、彼がその「対象者」のようです。車内には緊張感のようなものが漂いました。
彼は、目の前に立っている駅員さんを気にも留めず、相変わらず大きな声で一人語りをしています。真横に座る私は、何か起こるんじゃないかと、隣の気配に全神経を集中させていました。他の乗客もスマホから目を離し、「特別厳重警戒中」の駅員さんと、ご機嫌さんでしゃべり続ける彼の姿に見入っている様子でした。
広告を読み終えたのか、目をあげた彼は、目の前の物々しい「特別厳重警戒中」に気づきました。そして、こう言ったのです。
「Oh my god! Oh my god! Oh my god!」
満面の笑顔で、チャップリンのように肩をひょっこり持ち上げながら。そして、隣にいる私にも
「Oh my god! Oh my god! Oh my god!」
私は、マスク越しではありましたが「ぶわっはっは~」と声を出して笑ってしまいました。それから彼は、何食わぬ顔で立ち上がり、駅員さんを後ろに引き連れ、マーチングのように足と手を勢いよくフリフリしながら降りて行きました。そのうしろ姿は喜劇王チャップリンでした。これにも、「ぶわっはっは~」となりました。乗客の、マスク越しに見える複数の目は、確かに「笑って」いるように見えました。
京都のチャップリンの出来事で、私はどうして「不安」や「恐怖」を感じなかったのかを考えています。その理由がはっきりわかった訳ではないけれど、私がチャップリンに「個人的に出会っていた」ことがあるのかな、と感じています。何度か彼と一緒の車両に乗っていたことで、彼が常に「ご機嫌さん」であること、他者を「不安」や「恐怖」にさせる意図が彼の中には全く無いことを、体験的に知っていたのかもしれません。
私たちの日常はよくわからないことだらけです。よくわからないことから、溝を作ることで身を守っていることもあります。私たちの作る溝は、閉塞感や不寛容、そんなものを生み出しているようにも思います。「個人的に出会った」人たちが、その溝に橋をかける存在になれたら、「不安」や「恐怖」が少し和らぐのかな……京都のチャップリンのことを思いながら、そんなことを考えています。
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