メディアグランプリ

ピリオドを打てない喫煙家たちの苦悩


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:神田 銀平(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
「駄目だ。もう我慢できない。これで最後。これだけ吸ったら禁煙する」
私は葛藤していた。これを吸ったら今までの努力が無駄になってしまう。
 
でも、どうしても吸いたい。禁煙を始めてからもう一週間になる。こんなにタバコを我慢したことは私の人生でいまだかつてない。それなのに。
 
吸いたいという気持ちが出てくるたびに、吸ってはいけないと自分自身を説得しなければいけない。
 
この地獄のような苦しみが、あと、どのくらい続くのだろうか。もしかしたら死ぬまで続くのだろうか。だとしたら、もう諦めて吸ってしまってもいいのではないだろうか。誘惑に揺れる私は、あの日差し出された手を掴んでしまった自分自身を恨んだ。
 
社会人になった私は現場監督として働き始めた。
右も左もわからない状態で、現場の職人さんと対等な関係を築かなければならない。新人だから分からない、とはなかなか言えない空気でもあった。
 
最初の頃は、出来ないことだらけでひどく落ち込んだ。
私を慰めるためだろう、優しく話しかけてくれる職人さんもいた。
「まぁ、そんな落ち込むなよ、おめぇも吸うか?」
 
罠だった。優しさを無下にするわけにもいかず、じゃあ一本だけ。と言って受け取った。一吸いするとひどくむせて、涙が出た。
 
「下手くそやなぁ、こうやって吸うんよ」
苦いし、むせるし、涙は出るし、おまけに大きく笑われた。
 
「全然いいもんじゃないですね。これ、あんま美味しくないですよ」
「そうなんだよ。でもな、一回吸ったらもうやめられねぇんだよな」
 
8年前の私は、まさかこの一回のやりとりでタバコにハマってしまうなんて、ましてやタバコをやめることが、こんなに辛いものだとは思いもしなかった。
 
禁煙が辛い理由を一言で表すと「終わりがないこと」である。
 
資格の勉強なら、合格すれば終わり。
マラソンなら、42.195㎞走れば終わり。
ダイエットなら、目標体重まで減れば終わり。
 
しかし禁煙は、どうやら死ぬまで終わらないらしい。
 
喫煙界隈には、鉄板のジョークというものがある。
 
「え? 禁煙に失敗したんですか。いやぁ、意思が弱いですね。私なんかもう10回くらい成功してますよ」
「いや、それは10回失敗したの間違いでしょう。はっはっは」
 
こういったくだらないやり取りが存在する。というより失敗だと認めると悲しいので、本人たちはいたって真面目に1週間の禁煙に成功した。と言い張るのである。
 
非喫煙者の方には鼻で笑われるが、本人たちはこのジョークをあまり笑えない。なぜなら、禁煙を決意したその時は、誰もが本気だからだ。
 
皆さんも聞いたことや見たことがあるのではないだろうか。
「お父さん口臭い」と子供に言われて落ち込む父親を。
「臭いから家の中で吸わないでよ」と言われ、寒い冬に外で喫煙する人を。
「ねぇ、タバコはやめるって約束したじゃない」と詰められる男を。
 
やめられるものなら、きっと皆やめたいのだと思う。
だって、そうじゃないか。
 
喫煙者はこんなにも肩身の狭い思いをしている。
昔は電車や飛行機の中でも吸えたというが、今やそのことを知っている人の方が少ない。タバコが値上がりするたびに禁煙に挑戦しては失敗するという惨めな思いもしてもいる。今まで使っていた喫煙所が封鎖されたり、コンビニ横の灰皿が撤去されたのに気づいた時には「世知辛いなぁ」とつぶやいてしまう。
 
だから決意した。もうそんなことで落ち込みたくないのだ。
だが、しかし、でも、……吸いたいのである。本当に困ったものだ。
 
かくいう私も、ずっと前からタバコをやめたいという気持ちは持っていた。
 
まずニコチンの量を減らした。吸った時の満足感が徐々になくなっていく。
一日に吸う本数を減らした。一本ごとに正の字を書いて記録した。
電子タバコに変えた。匂いは薄くなったがタバコはタバコだった。
でも、やめられなかった。電子タバコだけは手放せなかった。
 
そんな時、きっかけは訪れた。
彼女と半同棲みたいな生活をしていた時に聞かれたのだ。
 
「ねぇ、タバコとか吸ってないよね?」
「……。吸ってないけど」
 
今思えば絶対にバレていたと思う。でもとっさに嘘を吐いてしまった。
でも、これは、いずれバレるし……今日だ。今日がその時なんだ。
 
タバコ用品を全部ごみ袋にまとめ、そのままゴミ捨て場に持って行った。
嘘をついてしまったから、その言葉を事実にするしかなかった。
 
その一週間後が、冒頭である。
たった一本、されど一本、その一本は全ての努力を無駄にする一本だった。
 
結局、禁煙し始めてから一か月くらいが経過したころに、全然別の理由で揉めたせいで、彼女とは別れた。
 
失恋自体は辛かったが、8年も吸い続けたタバコを止められた。
私の悪習慣にピリオドを打ってくれた彼女には今でも感謝している。
 
タバコのない生活を8年ぶりに体験した私だが、やめて良かったと思うことが多すぎてびっくりした。
 
まず、よく眠れるようになる。そして喫煙所を探す、タバコを吸う時間がなくなる。イライラしなくなる。ニコチン不足によるストレスからも解放される。お金も貯まる。
 
いったい何のために吸ってたんだろうか。まぁ今でもたまに吸いたくなるのだが、あの地獄の我慢を思い出せば、その一本を手に取ることはもうないだろう。
 
あの経験を味わってほしくないから、興味本位でタバコに手を出そうと考えている人がいるのなら思いとどまってほしい。その一本は、地獄の始まりなのだから。
 
 
 
 
***
 
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2022-10-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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