メディアグランプリ

ウミガメと自由なもう一つの世界


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:笹尾和代子(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
「ニモだ。かわいい~!」
ニモの愛称で親しまれているカクレクマノミを見ながら、わたしは声にならない声をあげていた。
初めて見た野生のニモは、ゆらゆら揺れるイソギンチャクにかくれながら顔をのぞかせ、オスがメスを守るようにわたしたちのほうを見ている。
ここは映画館でも水族館でもない。
海の中だ。
しかも、日本から遠く離れたフィリピンのセブ島の海の中。
その海の中で、わたしはインストラクターに引っ張られながら初めての海中浮遊を楽しんでいた。
生まれて初めてウェットスーツを着て、ゴーグルと足ひれをつけて背中には酸素ボンベを背負っている。そして、海の中で浮かないように腰には4㎏の重り。
地上で装着すると重くて歩くのがやっとだったのに、海の中ではその重さを感じずに自由に動くことができる。
そして何より、物音がない。聞こえるのは酸素ボンベを介して行う自分の呼吸の「シュー、シュー」という音だけだ。
インストラクターは初体験の参加者にも分かるクマノミや、色鮮やかな魚を示し、初めての世界を楽しませてくれた。
 
不思議な世界だと思った。重さを感じない世界、そして、音のない静かな世界。
「こんな世界もあるんだなぁ」
地上には重さも音もあるのが当たり前で、海の中の世界など想像したこともなかった。
そして、何より、わたしは泳げない。
だから、海に入ることは怖いことだった。海の中の世界は怖いところだと思っていたのだ。
そう思っていたのに、いざ勇気を出して入ってみると、美しくて不思議な世界が待っていた。
 
そのギャップに魅せられ、またあの美しくて不思議な世界に行ってみたいという好奇心から、一年後にはスキューバダイビングのライセンスを取ってしまった。
 
自分の力で楽しめるようになったダイビングは、もっと楽しく、さらに美しい世界を見ることができた。
行くのはほとんど波の穏やかな時期のセブ島の海だったが、場所によって様々な表情を見せてくれる。
ピンクや青緑の色とりどりのサンゴが密集しているところ、カラフルな熱帯魚がたくさん泳いでいるところ、大きなナポレオンフィッシュが見られるところ、ジンベイザメがたくさん集まるところなどなど。
そのどれもが、日頃の生活では見ることのできない新鮮な感動に満ちていた。
海の中から空を仰ぎ見るようにすると、空の青と海の青が一緒になって魚たちが青空を飛んでいるように見える。
海の中なのに空に浮いているような感覚になった。
そんな、海の様々な表情を見るたびに、「きれいだなぁ」と感じる。
「シュー、シュー」
音がないから、自分の感情が感動が自分の呼吸にのってそのまま身体に染みわたっていくようだ。
 
青くて美しい世界を見ながら、いつの間にか一つの夢ができた。
それは、ウミガメに会うこと。
イルカやクジラやマンタといった大物にも会ってみたいが、なぜかわたしは、ウミガメに会いたいと強く思ってしまう。
ダイビング仲間はウミガメを見たのに、わたしだけ見ることができなかったこともある。
比較的出会える確率は高いのに、未だにわたしには姿を見せてくれないのだ。
 
きれいなサンゴが広がり太陽の光がキラキラと青い空間に差し込む。
その空間を、鮮やかな紫色をしたパープルビューティーや、真っ青なルリスズメダイ、白と黒の縞模様に黄色いヒレをもったハタタテダイなどのきれいな魚たちが泳いでいる。
そして、その中でウミガメと私はゆったりとひと時の海中散歩を楽しむのだ。
そんなことを想像しながら、まるで竜宮城みたいだと思う。
 
ウミガメと海中散歩をできる時間はほんの一瞬だろうけど、その一瞬が永遠に感じられるほど素敵な時間になるに違いない。
浦島太郎もウミガメに連れられて、竜宮城に行き、楽しくて素敵な時間を過ごした。
そして、地上に戻ると長い年月が経っていておじいさんになってしまった。
わたしもウミガメと海中散歩を楽しんだ後には、おばあさんになっているかもしれない。
おばあさんになるまでダイビングを続けられたらいいな。
ダイビングポイントから帰るボートの上で、心地よい風をうけながら思っていると、
ダイビング仲間の一人が不意に
「前にな、有名な海中写真家のひとが、90歳を超えてもダイビングをしてたで。陸では杖をついてても、海の中では自由に動けるらしい」
と、話した。
地上では不自由でも、海の中では自由でいられる。
 
音のない世界では、いつも気にしている周りの話し声や物音がない。
「シュー。シュー」と自分の呼吸の音を聞きながら、今の自分の感情と向き合い、少しでも「怖いな」と感じたらダイビングを中断する。
海の中では自分の感情が最優先される。
それが、自分の身を守るためには大事なことだから。
でも、地上ではそうはいかない。
常に周囲に気を配り、自分の感情よりも周囲の意見を優先させなければならない。
身体だけではなく、心も海の中では自由でいられるのかもしれない。
きれいなものを素直にきれいだと感じ、怖さや続けたくない感情に素直に従う。
地上でもそうできれば、心も身体も健やかに、自分の身を大切に守りながら素敵な日々を過ごせるだろう。
 
海の中の世界は心を開放し、自由にしてくれる。
これが、わたしがダイビングに惹かれた本当の理由かもしれない。
今の自分の感情と真摯に向き合い、地上でも心を自由にできるようになったとき、ご褒美のようにウミガメと出会えるような気がする。
そして、キラキラと素敵なおばあさんになりたい。
 
 
 
 
***
 
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2022-10-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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