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「それはアレルギーではありません」


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記事:板井さやか(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
フランス語で愛しい女性のことを呼ぶときに「Ma puce(マ・ピュス)」と呼びかけることがある。
英語での「マイ・ハニー」や「マイ・ダーリン」のような呼び方だ。
音だけ聞くとかわいいピュスだが、その正体は全くかわいいものではない。
 
20代後半の1年半、フランスで暮らしていた。
どちらも先進国でありながら、日本とフランスには便利さと清潔さに大きな差がある。
アパートのシャワーのお湯が出なくなったり、メトロ(地下鉄)やバスがストにより突然止まってしまうなど、
そういうことが起こるだろうと予想できることや、そうなったことの原因が予想できることは対処できるが、
全くそんなことがあるなんて知らなかったことについては、ただ起こった後にあたふたするしかできない。
 
その年の4月に渡仏し、生活にもなんとか慣れてきた夏のある日、突然左ひじの内側に赤い小さなブツブツができた。
場所的にあせもかと思い放っておくも一向に改善せず、さらに足の甲にも同じようにブツブツが日々広がっていった。
とにかく、かゆくてたまらない。
原因は何だろうと考え、いつもと違うことをしたり、飲んだり食べたりしたものを思い出す。
そこで最近フランスに来て初めて豆乳を飲んだことを思い出した。
ここで私が導き出したのは、「きっとアレルギーに違いない」という考えである。
 
原因に見当がついたので、早速対処するために近所のドラッグストアへ向かう。
つたないフランス語で「ここにアレルギーの湿疹ができてかゆいので、クリームをください」と患部を見せながら伝える。
すると店員は言う。
「C’est pas allergique.(それはアレルギーではありません)」
「セ・デ・ピュス」と続ける。
しかし、私は「ピュス」が何かわからない。
最近豆乳を飲んでかゆいことを繰り返すも、店員さんはかたくなに首をふりながらアレルギーではない説を強く主張する。
白衣の薬局員(おそらく薬剤師)、を相手に私に勝ち目はない。
このままではアレルギー用のクリームは売ってもらえないだろうと悟り、いったん退散することにする。
最後にもう一度「ピュス」という単語をその人の前で唱え、発音に合格をもらい家に帰る。
 
家に着いたら早速辞書をひく。
発音はわかっても綴りがわからないので、「pu」で始まる言葉をさらっていくと、信じられない単語にたどり着いた。
そう、「puce(ピュス)」とは「ノミ」だったのである。
 
まず私の頭に浮かんだのは「ありえない!」である。
今は21世紀、いくらフランスでも人間がノミに刺されるなんてありえないと思った。
洗濯もきちんとしているし、ペットだって飼っていないのに、ノミがうちにいる理由なんてないと考えて、ふと思い出した。
そういえば、3週間前くらいに友人の猫を1週間預かっていた!
でも、もう3週間以上前のことであり、「なぜ今さら?」という疑問が浮かぶ。
さらにその猫の飼い主である友人はノミで悩んでいない。
 
ノミに刺されたことを認めたくない私はインターネットで「フランス ノミ」で検索すると、意外にも多くの体験談が出てきた。
多くはアンティークショップや蚤の市(これぞ、納得のネーミング!)でもらってくることがあるらしい。
どちらにも行っていない。
 
現実を受け入れつつ、まだ違う可能性を探しているうちに同居人が帰ってきた。
ブツブツの患部を見せながらドラッグストアでの出来事を話すと、彼もノミ説を支持した。
でも、同じ家に暮らしている彼は全く被害がなく、絶対的な確信はないのできちんと皮膚科で見てもらおうということになった。
 
皮膚科医の予約は土曜日、それを待っている間の数日が本当に辛かった。
とにかく、かゆい。
足の甲全体からひざ下にブツブツが広がり(これでノミが地上の低いところに生息していることが証明された)、靴下も長スボンも不快。
いちばん辛いのは夜寝ようと布団に入ったあとで、もう少しで眠れると思ったところでかゆみの発作が襲ってくる。
そして、とにかく怖い。
洋服や寝具など洗えるものを高温で洗濯し、掃除機を入念にかけるも、黒くて小さな虫がまだそこらじゅうにいる気がして、幻覚が見えてくる。
小さなゴミすらノミに見えて、おかしくなりそうだった。
 
待ちに待った土曜日、私の中ではすでにノミで決着がついているが、とにかくこのかゆみをなんとかしてもらいたくて訪ねた皮膚科医は若いイケメンドクターだった。
腕と足だけではなく、お腹や背中も刺されていたので、服を脱いで診察台に寝転がり、下着の中まで覗かれたときはちょっとドキドキした。
皮膚科医の結論もやはりノミの仕業ということだった。
かゆみ止めをもらい、あとはひたすら治るのを待つだけとなった。
 
フランス語で愛しい女性を呼ぶときの「Ma puce(私のノミちゃん)」は想像するに、
かわいいもの=小さい、小さいもの=ノミという理論で成り立っているのだろう。
しかし、実際に使うときには意味など考えずに、ただただかわいい人や生き物を呼ぶときに使う言葉として自然と口から出ちゃうという印象である。
友人が頻繁にそう呼びかけていた相手は大きなビーグル犬(メス)だ。
 
結局、私だけがノミに刺された原因が何だったかは最後までわからなかった。
同居人であるフランス人が言うには、預かっていた猫の可能性もあるが、前の週末に行った映画館も怪しいらしい。
公園の芝生も歩いていたし、真相は闇の中である。
 
 
 
 
***
 
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2022-10-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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