その日、かもめは飛ばなかった
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
レシートを集めて応募しよう!
巷でよく見かけるキャンペーン告知のフレーズである。
普段は「はいはい、そうですか。ま、私は応募しませんけどね」とスルーしてしまうところだが、今年は違った。
「抽選で西九州新幹線かもめの試乗会ペアチケットが当たります!」
その一文を見て、なぬっ! それは聞き捨てならん! と思ったのである。
というのも、9月23日の「西九州新幹線開業」に合わせて、JR九州と駅構内のお店がキャンペーンを行っていたのである。
お買い上げ1,500円ごとに1回の抽選ができ、しかもレシート金額は合算でいいというではないか。当選者数がペア25組50名様という人数も魅力的だった。
冷静に考えれば「開業してから普通に切符を買って乗ればいいではないか」というご意見をいただきそうだが、そこはあえて強調させていただきたい。
「開業前に乗る、というプレミア感を鉄道好きとしては味わいたいのです!」と。
もともと、私は博多駅構内のヘビーユーザーであるが、俄然、利用頻度が増えた。
ただ、絶対当ててやろうというというよりも、あわよくばという思いのほうが強かった。
着々と買い物が進み、数週間が経過してざっと5回分は抽選ができる金額になった。
レシートの束を持って意気揚々と抽選会場に向かう。
特賞以外を見てみると、長崎県産の茶葉セットなどがある。お茶好きとしては「よし、これ狙いで行ってみるか」という軽い気持ちだった。
しかし、会場のお姉さんにレシートの束を渡すと思わぬ事態が発覚した。
「あー、この店は対象外ですね。あ、これも。これもダメですね」
「えっ? ダメなんですか?」
グイッと対象外のレシートが手元に戻ってくる。対象外の店舗をちゃんと確認していなかった自分も悪いが、淡々と慣れた手つきで返されるレシートの山を見て悲しくなった。
最終的には2回しかチャンスがないことがわかった
2回とか無理に決まってるやん、もう……。
一気に戦意喪失した私が、抽選用タブレットのアプリをくるりと回した瞬間……。
【特賞】かもめ試乗会
という赤と白の文字が画面にドーンと現れたのである。
「えっ? ええーっ!?」
「あっ! おめでとうございまーす!!」
カランカランカラーンと、高らかに鳴り響く当選のベル。
今まで商店街では他人の当選するのを見たことはあるが、まさか自分がその場に居合わせることになろうとは。
対応してくれたアルバイトの若い男女二人組も、
「実は私たちもシフトに入って特賞が出たの、初めてなんです! おめでとうございます!」
と言いつつ、どうしたらいいのかアワアワしていた。
念のため当選画面をスマホで撮影させてもらい、特賞の目録なるものをいただいた。
どうしよう。本当に当たってしまった……。
あいにくその日は一人だったため、誰ともその喜びを分かち合えなかったが、心の中でドデカイくす玉をパーンと割ってやった。
自宅に帰って報告したところ、両親も驚いた様子だったが、とりわけ母親が喜んだ。
「長崎に行けるんやね! 楽しみ~!」と誘う前からもう行く気満々である。
母は引っ越して以来、長崎に行くのは20年以上ぶりということもあり、私より更にうれしかったのだろう。
コロナ禍で思うように外出できなかったし、落ち着いてきた今がチャンスだと思った。
ちょっとした親孝行にもなることが嬉しくて、どこに行くか、何を食べるかで毎日のように盛り上がった。
また、かもめの車体が赤と白ということもあり、赤と白のボーダーTシャツでも着ていく? と、服装まで考えるとワクワクして、試乗会のためなら苦手な仕事でも頑張れた。
ところが、人生はそう上手くいかないものだ。
試乗会予定日の週間天気予報を見て、私は愕然とした。
なんと台風が立て続けに発生したのである。
嘘でしょ。嘘だと言ってー! そう思う私とは裏腹に
「過去最大級の台風が九州を縦断しそうです。連休に予定のある方は……」
最後のほうのアナウンスは耳に入ってこなかった。
この日のために頑張ってきたのは、一体何だったのか。
せっかく親孝行ができると思っていた私は、恨めしいあまり天を仰いだ。
でも、もしかしたら急に進路を変えることもあるかもしれない。一縷の望みを持って週末を迎えたが、無情にも仕事帰りの金曜日の夜、JR九州からメールが届いた。
「台風14号接近により、9月18日と19日開催予定のかもめ試乗会を中止させて頂きます。延期開催はございません」
1ヶ月分のワクワクの反動と中止のショックで、1日寝込んだ。
「お母さん、ごめんね。連れて行けると思ったのに。ぬか喜びさせてごめんね……」
母は、優しく受け止めてくれた。
「チカコのせいじゃないよ。自然現象は仕方ないじゃない。今度ゆっくり行こうよ」
その一言にふうっと力が抜け、私は救われた。
そして、迎えた9月23日。
西九州新幹線かもめは無事に開業した。長崎への旅をアピールするイベントは、福岡だけでなく各地で行われている。
あの日、かもめは飛ばなかったけれど、それもまた思い出だ。
特賞の目録も単なる紙になってしまったけれど、それもまたネタになったので良しとしよう。
私たちがより一層長崎に行きたくなるように、実はあの台風が仕向けたのではなかろうか、と思うと私はニヤリとした。必ず乗ってやるから待ってろよ、かもめ。
***
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