私の記憶に残り続けるあの夏の日
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記事:神雄大(ライティング・ゼミ8月コース)
2016年9月。私は友人達と共に沖縄旅行に向かった。
沖縄へ行くのは私にとって初めての経験だった。多くの人達は高校生の時に修学旅行で沖縄へ行くのかもしれないが、私の場合は学校の都合で沖縄ではなく山口と広島が修学旅行の行き先だったのだ。そのため私は初めて向かう事となる沖縄に、飛行機の中で柄にもなくワクワクしていた。
沖縄に到着してからは、友人達と一緒に沖縄を遊び回った。とは言っても悲しい事に私達は車の免許を持っているものの肝心の運転に慣れている者が一人もおらず、結果あまり遠くは行けなかった。しかしそれでも海で泳いだりステーキを食べたり、ホテルの部屋で大学生らしく馬鹿話で盛り上がったりと、旅行を満喫していた。この時の旅行の記憶は今でも私の胸に残り続けている、大切な記憶だ。
しかし私の胸に残り続けている理由は楽しかったからだけではない。無論それもあるが、他にもう一つ理由がある。
大抵の人は沖縄と聞くと観光地のイメージが真っ先に浮かぶだろうが、沖縄にはそれに連想する単語が一つある。
戦争だ。
太平洋戦争時代、沖縄は沖縄戦の舞台となってしまった。そのため沖縄と聞くと戦争をイメージし、県内にも戦争に関する資料を展示する施設がいくつかある。広島と並んで沖縄が修学旅行の行き先に選ばれるのもそういった理由だろう。
そして私達も多くの観光客達の例に漏れず、戦争の資料が展示されている資料館へ向かった。
その日の事は今でも記憶に残っている。午前中は少し曇っていたのに、午後が近づくにつれてどんどん晴れていった。9月とはいえ残暑が厳しく、日光もあって私達は全員汗だくになった。しかもレンタカーも借りなかったので、移動手段はレンタルした自転車。日差しの下で自転車をひたすらこいで進むのはかなりの苦行だった。しかし幸運にも誰一人熱中症にかかる事は無く、私達は暑さで苦しみあえぎながらどうにか資料館に向かう事ができた。
向かったのはひめゆりの塔と沖縄県平和祈念資料館。旧海軍司令部壕資料館にも行ったのだが、さすがにそれら全部を車も使わないで一日で回るのは無理なので、そこだけは別に日に向かっていた。
ひめゆりの塔に辿り着いた私達を最初に迎えたのは、犠牲者達の慰霊碑だ。それを見て手ぶらで入る事に何故か抵抗を感じた私は花束を購入すると、献花してから改めて友人達と一緒に資料館に入った。
6年前の事なので中の様子などは少し思い出しにくくなってしまっているが、それでもあの建物の中で感じた空気だけは今でも忘れる事が出来ない。
かつて沖縄で起こってしまった悲劇。失われた命。信じられないけれど、確かに昔そこで起こった事。それらの記録が資料館に展示されていた。そのせいか資料館の中を奇妙な空気が満ちていた。とは言っても小説などでよくある悪いものではなく、ただその場にいるだけで胸が苦しくなるような、そんな空気だった。
館内を一通り回ってから私達は一度外に出て、備え付けの椅子で休憩した。私と同じような感覚を覚えたのか、友人達もどこかぐったりしたように見えた。その後資料館を見終わると、私達を眩しい太陽の光と騒がしいセミの鳴き声が迎えた。セミの鳴き声を聞き、眩しい太陽を見上げながら私はふと思った。
戦争の時、ひめゆり学徒隊やたくさんの人達が死んだ時も、こんな天気だったのかな。
それから私達はまた自転車をこぎ、今度は沖縄県平和祈念資料館に向かった。
資料館がある敷地はかなり広く、何故かその日は平日とはいえ人が少なかったのを覚えている。四人でひめゆりの塔と同じように資料館を見て回ってから外に出ると、私の耳に今度は波の音が聞こえてきた。
平和祈念資料館のすぐそばは海を見渡す事ができる崖になっているため、外にいれば波の音を聞く事ができる。私は友人達と一緒に海を見ながら、戦争の時に追い詰められた人達が海に身を投げた時も、この音を聞きながら死んだのかなとぼんやりと思った。
平成の時代に生まれた私は、幸運な事に戦争とは無縁な世界に生きてきた。しかし例え戦争から何年経とうとも、変わらないものは確実にある。私があの夏の日に感じた夏の日差しとセミの鳴き声、波の音もその一つだろう。
時代がどれだけ変わったとしても、夏の日差しとセミの鳴き声、耳に届く優しい波の音だけはきっと大勢の人が死んでしまった戦争の時代から何も変わっていない。あの日感じた太陽の日差しとセミの鳴き声、そして波の音を思い出すたびに私はきっと戦争と犠牲になってしまった人々の事を思い出す。
だが、私はそれで良いと思う。
戦争のない時代に生まれた私にできる事は、かつてこの国で戦争がありたくさんの人々が無くなった事をいつまでも覚え、それをさらに後世に伝えていく事なのだ。人によってはいざという時に国を守るために自衛隊に入ったり、外国との関係を良くするために政治家などの職務につく人もいるかもしれないが、残念ながら私にはそういった能力は今のところない。だけど、かつてあった悲劇を覚え伝える事はできる。自分には何もできないと嘆く人がいたとしても、その人にも悲劇を覚えて伝える事はできるという事だけは覚えていて欲しい。人は忘れてしまう生き物だから、それを伝える事ができる人間が絶対に必要なのだ。だから私も、楽しさと嬉しさとほんの少しの苦々しさが詰まったあの夏の日の事だけは忘れない。絶対に。
2022年10月。
今も私の記憶には、あの夏の日の光とセミの鳴き声、そして波の音が刻まれている。
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