メディアグランプリ

食べることは生きることだから、料理をしながら世界を愛さずにはいられない。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:青梅博子(ライティングライブ東京会場)
 
 
10年間、食べ物を作って人様に召し上がっていただく仕事をしてきた。
 
三月末に店を辞めて、はじめて仕事というフィルターを外して「料理」に向き合うこととなった。
これまでは、仕事で義務としてやっていたが、フリーランスになって、家でIT仕事をする人に転職したので、毎日誰かのために食事をつくるということがなくなり、初めて意志的に料理をしなければならなくなった。
今までは職場の厨房で一日3食のうち2食はまかないで食べていたし、週に一度の休日は、ありものか外食が多かった。
 
しかし、これからは毎日計画的に食材を買い、毎食毎食、自分を飽きさせずに作って食べていかなければならないのである。
 
しかして、これがものすごく楽しかった。
しごくのんびりとした時間の中で、余裕をもってレシピ本を山ほど読みながら、今夜はあれをつくってみよう、明日はこれをつくっちゃおうかな、とわくわくしながら、スーパーや朝市に通ったり、行きたかったスパイス専門に行ってみたり、かっぱ橋料理道具街で、皿やケーキ型を見て回るだけで、ウキウキが止まらなかった。
 
心の余裕というのは、本当に大切なものだ。
今まで持ちえなかった、この「余裕」のおかげで、仕事として時間や義務感に追われて気が付けなかった「食材との対話」ができるようになった。
 
例えば鶏肉の表面のぬめらかな「肉」の触感。魚の表面をなでるときの弾力と手ごたえ、野菜をちぎるときの、生きた繊維の感触。
その香り、その音、その色、その味。
五感で命を感じるとき、背筋にぞわりと震えがきて、全身全霊でときめきを感じる。
恍惚にもだえ、嬉しすぎてわななくようなため息がでる。
これらが、どこかの大地で、海で、天と地とつながり、少し前まで生命の営みを繰り広げていたかと思うと、愛しくて悲しくて、有難くて尊くて、どうしていいかわからなくなる。
そして、すでに息絶えた命を、血の一滴たりとも無駄なくデリシャスにこの身にとりこんであげるには、どうしたらいいかを考える。
これは嗜虐心や支配欲とは、全く別次元の心理状態である。
 
おそらく愛だ。命への愛。
 
他者の命を犠牲にしなければ成り立たない「命の存続システム」の中で生きている私の命を、明日も生かすために身を挺してくれた食材たちに対する、深い感謝に根差す愛である。
 
いままで「仕事」で料理をしていときは、時間や技術習得に追われ、心身の余裕がなかったため、いちいち自分が何を感じているかを深堀りすることがなかったし、一つ一つの行為をかみしめるように調理をすることもなかったので、こんな大切なことに気づいていなかったのだ。驚くべき愚かしさである。
 
食べ物を愛しむと、その食べ物を取り込んだ自分の肉体も大切になる。
なにしろ自分は、無数の命が今まで生かしてくれてきた、この世に二つとない身体なのだ。
あの牛が、あのキャベツが、この私の細胞の一つ一つになっている。そう思うと、おいそれと粗末に扱うことはできなくなる。今まで私が取り込んできた命のぶん、私は生きて、この世界で何事かをしていくべきだ、と一箸ごとに、噛みしめながら考える。
そう考えだすと、周りの人を見る目も変わる。あの人もこの人も世界中の生き物を取り込んで生きてきた尊い命なのだ。人間ひとりひとりの向こうに、幾世代も繋いできたDNAという年輪だけでなく、その身を構築するために捧げられた、無数の命の連なりがみえる。
「他者の命を食べて生きる」この因果のもとに、世界規模ですべての命はつながっているのだ。
だから、すべての生き物をひとつたりとも疎かに扱うことはできない。安易に嫌ったり傷つけたりもできなくなる。
すべて、感謝とともに愛しむべきなのだ。
 
昼下がりのキッチンで、そんな壮大だけど当たり前のことを考えながら、今日もまな板に向かう。
自分のためにつくるのも素晴らしく楽しいが、今日は友達が遊びに来るので、ちょっと凝ったディナーの準備だ。
調理とは、もともとある食材の「命」という価値の上に、技術と愛情を上乗せして、ただでさえ命の存続のための行為ゆえに「快楽」である食事の幸福度を、さらにさらに高める作業である。
技術の限りを尽くして、さらにラブ注入もして、至高の美味しさに身を震わせながら食べてもらいたい。そして「ああああああ美味しい幸せ、生きていてよかったあ」と感じてほしい。そして、その感謝の気持ちで、この先の人生に巡り合うすべてを慈しんでいってほしい。
 
共に食事をすると、コミュニケーションが円滑になるというが、皿の上に愛情がのっていて、それを身のうちに取り込みながらするコミュニケーションならば、楽しくならないはずがない。
食卓には、いやおうなしに愛があふれている。
死ぬまでに食べられる食事の数はかぎられているからこそ、できるだけ毎食、おいしく、楽しく食べ繋ぎたい。
料理人とは、その一端を担う実に尊い仕事なのだと、仕事を辞めたからこそ気づくことができた。今仕事として続けておられる方々は、とっくに気づいていることかもしれないが、わからなかったことに気づけて本当に良かったと思う。
これからは心して、仲間や自分に供する料理を、楽しみながら慈しみながら、毎食大事に整えていきたいと思う。
 
いつか、これを読んでいるあなたに、食事をふるまい、共に食卓を囲む日を夢に見ながら。

 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2022-10-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事