稲田を走る黄色いバス~AIが落っことした大事なもの~
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:青梅博子(ライティングライブ東京会場)
仕事でとんでもない田舎に出張に行くことになった。
二両編成の単線電車を降りた後は、クライアントのところまで、徒歩で40分も歩かなければならないという。調べてみると他の移動手段が何にもない。
現地に行く前は、タクシーくらい走ってないかと考えていたが、駅を降り、真っ青な空の下、見渡す限り緑の田んぼしかない光景をみて、早々にあきらめた。
駅も無人だったし、地平線の果てまで、人っ子一人みあたらない。
私は、ほう、とため息をついてから、くしゃりとネクタイを緩めて歩き始めた。
ここの住民たちは、どうしているんだろうかと思ったが、どうせみんな車移動なのだ。
20分歩いても、一向に景色は変わらない。
最近年のせいか、長く歩くと膝が痛むのだ。
契約用の書類が詰まったアタッシュケースが、なんだか倍に重くなったようで、もうしゃがみこんでしまおうかと思ったとき、遠くから黄色くて四角い影がこちらに近づいてきた。
なんと、バスだ!
バスがきた!
バス停はなかったが、水素エンジンのバスは音もなく私の前に停車した。
シュンと開いた扉を見上げると、なんと運転席があり、人が運転していた。
人間が運転しているバスをみたのは何年ぶりだろう。
私は、狐につままれたような気持ちで、バスのタラップを登ってSUICAをタッチした。
「いやあ、ありがたい! 人が運転するバスが、まだあるんですねえ」
私が目をぱちぱちとさせながら話しかけると、初老の運転手は、ふわりと笑って、少しかすれた声で答えてくれた。
「ああ、驚かれましたかね。 5年前、東京都のバス全部が、人工知能AIの無人オート運転に切り替わったでしょう、私あのとき運転手やってましてね、一斉解雇されて、都から補償と恩給をもらって、仕方なく故郷に戻ってきたんです」
彼は話しながら、エンジンボタンを押した。
「高卒でバス会社に就職して、50歳までずっとバスの運転手しかやってこなかったから、他に何をやったらいいかわかんなくなっちゃって」
私は、話を聞きながら、彼の後ろの座席に腰かけた。
車内を見渡すと、後ろの方におじいさんとおばあさんが乗っているだけだ。
バスは静かに発進した。
「何年かぶりにこの町に帰ってきたら、みんな、とんでもなく年をとっちゃってて。ブレーキもあぶなっかしくて、自分で運転できないんだけど、友達や孫には会いに行きたいっていうんですよ」
「でね、思ったの。じゃあバスがいいんじゃないかってさぁ」
にこにこ笑う、運転手さんの向こうをのどかな景色がゆったりとながれていく。
「元いた会社から、運転席を取っ払う前の中古のバスを安く買ってね、私が社長で1人バス会社をはじめたんですわ」
「いいですねえ」
「いいでしょう! 」
彼はとろけるように笑って、プッと小さくクラクションを鳴らした。
「このバスも、運転はほとんどオートじゃないですか、だから私の仕事はじいさんばあさんや、子連れのお母さんの乗り降りのお手伝いくらいなんだけどね」
ちよっと照れくさそうに笑う彼のことを、私はすっかり好きになっていた。
「でも、今の東京のバスは誰も助けてくれません、ただのハコが行き来してるだけです、味気ないもんですよ」
私が言うと、運転手さんも
「私が仕事していたときはね、お客さんが、乗るときに「よろしくお願いします」って言って、降りるとき「ありがとう」って言ってくれて、それが凄く励みになったんだけど、人がいないバスには、誰も声かけないもんねえ」
「わかります、路線バスで通勤しているとき、いつもの運転手さんが「おはよう」って言ってくれると、家で嫌なことがあった朝も、もちなおせたもんなあ、人が居て声をかけてくれるだけで、なんだか嬉しいものなんですねえ」
「そうそう」
われわれが、少年同士のように、くすくすと笑いあっていると、後ろから
「シンちゃーん、私、今日はそこでおりるのよー」と後ろのおばあちゃんが、声をはりあげた。
「あいよーー」
運転手さんは、びっくりするほど大きな声で返事をすると
「ちよっと待っててくださいね、あれ、そういやお客さんはどこまで行くの」
と聞いてきた。
私もうっかり行く先を言ってなかったのを思い出した。
「ええと、八ノ木森の谷木工房なんだけど」
「ああ、あそこまで歩いたら大変だったよ、通りがかってあんたを拾えてよかったなあ、まっててな、おタケさんを下ろしてくるからサ」
と言うと、小走りで後ろの座席まで行って、おばあさんの手をひいて、下車用のスロープを下し、彼女の手を引いて目の前の古民家の中へ入って行った。
東京のバスや電車でこんな風に待たされたら、「こっちは急いでるんだぞ」などと言って、怒っていたかもしれない。
でも今は、自己中心的な心持ちが、彼との会話できれいにこそぎ落とされて、感情がゆで卵みたいにつるっと丸くなっていた。
私は、ほっこりと穏やかな気持ちで彼の帰りを待つことができた。
後ろの座席のもう一人の乗客は、ときおり「ふぐっ」と声をあげたりしながら、ゆうらりゆらりと気持ちよさそうに船をこいでいる。
やがて帰ってきた運転手さんは、紺色の風呂敷包みをもっていた。
「おまたせしちゃって、すいません。うちのカミさんが大好きだからって、おタケさんちのお嫁さんが、こんなにくださったんです、甘いものが大丈夫でしたら、いかがですか」
紺の包みを開くと、真っ白な大福がこぼれ落ちてきた。
「じゃあ、私と向こうの社長さんと、社員さんの分で3ついただいていいですか? 」
私はつぶれないように、スーツの左右のポケットに、そっと大福を滑り込ませた。
しばらくして、バスは目的地についた。
やさしいタンポポ色のバスが、うららかな日差しの中、静かに遠ざかっていく。
乗り物に乗った後に、こんないい気分になったのは、どれくらいぶりだろう。
今や、電車もバスも全部オートメーション化して、車内販売もロボットが来るだけだ。人件費は削減されただろう、効率もあがったのだろう、だがそこに失われたものが確かにある。
今回の仕事も、本来なら遠隔会議と電子書類で締結できる仕事だったが、うちの社長が対面にこだわったのだ。
はじめは、そのこだわりの理由がわからず、出張を任命されたことを貧乏くじを引いたと思っていた。しかし、それは間違っていた。
あの運転手さんに会って、間違っていたことがわかった。
人の心がない仕事は、効率はいいだろうが「さみしい」
誰かの喜ぶ顔が見えない仕事は、手ごたえがない。
何のための仕事か、何のための人生なのか。
これから会う社長さんと、スーツのポケットを丸く膨らませている大福を、今の話をしながら食べよう。ここまで会いに来た意味をわかってくれる人ならば、この仕事は必ず上手くいく。
私が、感謝を込めて振り返ると、道の向こうに点のようになった小さなバスは、黄色く輝く星のようだった。
***
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