メディアグランプリ

紅を差して朗読の世界へ、いざ行かん!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:むぅのすけ(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
口紅を手に取り、鏡に顔を近づける。
いまや、コロナ禍ですっかり縁遠くなった私の口紅は、この時だけ出番が来る。
 
そして週に一度、紅を差した私は気合を入れて本番に臨むのだ。
 
 
 
ひょんなことから、朗読を通信で学び始めて、4回目の課題提出〆切の日のことだった。
 
そこでの受講生は、約2か月間、毎週決まった〆切までに課題を動画にて提出する。
全国の受講者が皆それぞれの場所で、それぞれの課題を、朗読といえども顔出しで約8分ほど定点録画するのだ。
そして講師である先生が、またそれぞれの受講者にたっぷりフィードバックを下さる。
 
フィードバックは通信で生中継され、先生のお顔を拝見しながら他の方へのお言葉を聞きつつ、自分の番を待つのだ。
 
 
私に課題動画なんて撮れるのかしら……?
 
そんな風によくわからないまま、講座は始まってしまった。
でも思い切ってやってみると、先生のフィードバックが嬉しくて、すっかりハマってしまった。
すぐに講座も先生も大好きになっていた。
 
でもその日の私は、ほとほと困っていた。
何度やっても、まともに撮れないのだ。
 
いつも課題〆切日には、仕事が終わって帰宅してから、家族が帰宅するまでの時間に急いで練習し直して、本番を撮影する。
 
自分が途中で読み間違える失敗をしてしまって中止する、というのは仕方がない。
毎度数回はあることだ。
 
でも、その日は何かが違っていたのである。
 
まず録画中にインターフォンが鳴る。
それも一度ではなく、三度もあった。
設定ミスで電子レンジから、チーン!という音が大きく聞こえてくる。
今度こそあと少し!
というところで、前から調子が悪かったエアコンが誤作動から喋りだした時は、反射的に殺意を覚えそうになった……気がした。
 
そんなことが続くと、どうにも挫けてくる。
〆切日なのにまだ撮れていないことに若干、いやかなり焦っていた。
そして度重なるタイミングの悪さに、私の神経はだいぶ削られてもいたのである。
 
 
『さっきもまた最後まで撮れなかったなぁ。
このままじゃ今回こそは提出できないかもしれない。
もう諦めようかな、先生も、提出できない時は無理しないで大丈夫って初めに言ってくださってたしな……』
 
などと、都合よく先生のお言葉を持ち出したものの、本当はわかっていた。
 
今の私は体調が悪いわけでも、激務に追われて帰宅が深夜になったわけでもない。
そして自分以外の家族に何かがあって、自分の稽古事どころじゃなくなったわけでもない。
 
ただ、自分のスケジュール管理と見通しが甘かっただけなのだ。
録画するための準備はいくらでもできただろう。
他の受講者の方も、それぞれに時間をやり繰りして、頑張って提出しているはずなのだ。
まして好きでしていることなのに、この体たらくでこんなに疲れて、なんて私はダメなんだ……
 
必要以上にネガティブ感情が押し寄せてきた私は、このまま録画チャレンジを続けることはできなかった。
時間が無いことはわかっていたが、休憩と称して、他の受講者の課題動画を観ることにした。
実際は動画を流し見しながらも、ほとんどうわの空だった。
この後どうしようかと、もはや撮れない言い訳を探しているだけのような時間が経って行った。
 
 
そうやって観ていると、ある一人の女性の課題動画に、ほんのちょっとだけ違和感を感じた気がした。
 
違和感、というと語弊があるかもしれない。
何かが、以前のその方と違うのだ。
そして気が付いた。
 
『あ、○○さん、今日、唇キレイ……』
 
その時に見たキレイな唇に、私は希望の光を見た思いがした。
そして私は、鏡台の引き出しを開けに行き、奥にあった口紅を取り出した。
 
 
2022年晩秋の現在、コロナ禍におけるマスク生活がまだ続いている。
そういえば、私はとんと化粧において口紅を塗らなくなった。
 
必要に迫られて化粧は毎日のようにしているのだが、口元はマスクで隠れるから色をつけないのだ。
口紅を塗ると、マスクの内側についてしまうので余分に気を遣わねばならない。
いつ頃からか、そんなことに煩うくらいなら、無色のリップクリームだけにしておけばよいかと思うようになって、もうずいぶん経つ。
 
自宅で過ごすときには、当然のようにノーマスクだが、さらにノーメイクだから、マスクに付く心配をするまでもなく口紅は塗らない。
 
そんな理由で、すっかりご無沙汰していた口紅だった。
 
 
あまりに久しぶり過ぎて、手順は大丈夫かしら、などと軽く心配しながら塗ってみる。
リップペンシルで縁を描いてから、以前のように口紅をブラシでとろうとして、手を止めた。
なんだか、直に唇に塗りたくなったのだ。
 
 
映画のワンシーンのような場面を思い浮かべながら、鏡に顔を近づける。
わざと多めに繰り出した口紅を、折らないように気を付けながら、唇にそっと塗った。
私の唇は、久しぶりにちょっとキレイになった。
 
そうやってドラマチックな演出をしながら久しぶりに差した紅に、折れかけていた私の心は持ち直した。
 
仕事や責任があるわけじゃない、たかが稽古事の課題だ。
それでも私にとっては大好きで、大切なものだったはずだ。
あと少し、時間の許すギリギリまで粘ってみようかと、思いもしなかった頑張る力が湧いてきたのだった。
 
 
その日、諦めかけた課題を無事に提出できた私は、自分があれだけ凹んだ状態から提出できたことが、少し自信になった。
 
その後も課題の録画の前には鏡に向かっている。
普段の化粧に口紅が加わるのはまだ先かもしれないが、口紅は私が朗読の世界に入る時に欠かせないものになった。
 
化粧直しと共に、紅を差す。
 
この一連の動作は、もはや儀式となりつつある。
そうやって、つつがなく録画を終えられるよう祈りながら、よいものが撮れるように気合を入れるのだ。
 
大好きになった朗読の世界は、きっとまだまだ広い。
口紅一つでこんなにも気持ちを変えられるなんて思いもしなかった私は、今、この朗読の世界の広さを知っていくことが、楽しみでならない。
 
 
 
 
***
 
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2022-10-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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