メディアグランプリ

北風と太陽とドクター


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:林ゆり(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
“Look, he is beautiful!”
 
そう言ってドクターは微笑みながら私をみた。
想定外の言葉に一瞬戸惑った後、ありがとうと答えた時には私にも笑顔が戻っていた。
最初にこの言葉がなかったら、私はどんな顔をしていたのだろう。
 
私は現在アメリカ在住で、生後4ヶ月の次男がいる。産まれたての赤ちゃんの肌は少し擦れただけで赤くなるほど、とても薄くて繊細だ。息子は今のところ肌荒れ体質では無さそうだが、毎日お風呂の後にたっぷり保湿クリームを塗って乾燥や刺激から肌を守っている。
 
その日はいつも日本から取り寄せているクリームを使い切ってしまったので、アメリカで定番の赤ちゃん用クリームもを試してみようと、初めてのものを全身に塗った。
翌朝いつものように息子におはようと声をかけようとしたら、顔が真っ赤に腫れ上がっており、一瞬息が止まった。よくみるとお腹にも腕にも赤い湿疹ができていた。
そういえば、夜中に授乳しているときに、いつもはしない、私の胸に顔をすりすり擦り付ける動きをしていたことを思い出した。一晩中ずっと顔が痒かったんだとハッとし、慌ててかかりつけの小児科に駆け込んだ。
 
息子が通っているかかりつけの小児科は何十年も地域に根差したベテランの女性ドクターが一人で切り盛りしている。小柄で可愛らしい見た目とは裏腹に、ハスキーボイスでよく患者さんに冗談を言って場を和ませている。
 
息子も生後3日から診てもらっている。新生児健診、臍の緒の処置、新生児湿疹ができた時など、お医者さんとして信頼しているのはもちろんのこと、まるで親のように、「あなたは寝られてる?家事や育児を助けてくれる人は身近にいる?」と私の体調までいつも気にしてくれる。そして私が少しでも不安そうな顔をしていると、最後に「困ったことがあったらいつでも電話してね」とウインクして診察室を後にする姉御肌のドクターだ。
 
そして患者一人一人にじっくり向き合っているので、予約の時間に行っても前の患者さんで時間がずれ込み、1時間近く待たされることもある。ある時、待合室で高校生の娘と来ていたお母さんと世間話をしていたところ「この子も産まれた時からドクターに診てもらっているわ。うちの兄妹3人全員そうよ」と教えてくれた。この小児科には彼女のような患者がたくさんいて、皆長年の付き合いをしている。
 
小児科に到着し息子の番になり、ドクターが部屋に入ってきた。私は挨拶もそこそこに、今日はなぜここに来たのか、どういった経緯があったのか、なるべく詳しく説明した。すると彼女は初めて診察用ベッドで横たわっている息子に近づいて顔を見ると、第一声で冒頭のセリフを言ったのだった。
 
“Look, he is beautiful!”
 
それはきっと私を落ち着かせるための言葉だった。
息子の顔が湿疹で赤くなっていて、半分パニックになっている私をみて、まずは母であるあなたが落ち着きなさいと、穏やかな目が伝えていた。
私を落ち着かせるためだったら別の言い方もできたし、何も言わずに診察を始めてしまってもいい場面で、ドクターはまず息子を褒めた。
どんな状況でも、自分の子どもを褒められて笑顔にならない親はいない。この言葉は私にも効果抜群だった。
ありがとうと返すとともに顔が緩みリラックスでき、その後の説明を落ち着いて聞くことができた。ドクターの狙い通りだったに違いない。
 
患者から慕われ、信頼されるドクターは、相手の気持ちを汲み取って効果的な言葉掛けするのがとても上手な人だった。医師としてプロフェッショナルであるだけでなく、患者への声掛けも一流だったのだ。
 
同じ結果を導こうとしていても、北風と太陽の童話のようにそのアプローチの仕方は様々だ。そして良好な人間関係構築にはどのようにアプローチするかが問題になる。
 
3歳の長男はいまなんでも自分でやりたい時期にいる。料理をするときにもお手伝いをしたいと言うので、レタスをちぎったり、卵をかき混ぜたり、簡単なものをお願いしているのだが、だんだんのってきて、包丁を使ったり、火で炒めるのもやりたがる時がある。
 
「あとはママがやるからもうお手伝いお終いね。次は火を使うから向こう行って遊んでて」
 
ある時そう言って強制的に終了させようとした。するとまだやりたい、もっとやる、となかなか引き下がらず、最終的には強めに、危ないからダメ、と叱る形になってしまった。息子は納得していない顔で渋々キッチンから出ていった。
 
しかしまた別の時、同じように息子ができるお手伝いが終わり、炒める工程に入る時に言い方を少し変えてみた。
 
「手伝ってくれたお陰でママすごく助かったよ。今日は卵係になってくれてありがとう。仕上げはママがやるからあとで美味しく食べようね!」
 
すると息子は誇らしげな顔でうん!と言うとそのままキッチンを出て楽しそうに別の遊びに取り掛かり始めた。
 
どちらも同じ状況で、息子のお手伝いを終わりにするというゴールは達成できているが、私が自分の都合で話した言葉と、息子の気持ちを考えて話した言葉では、息子の受け取り方が違うのは一目瞭然だった。そして後者のほうがお互い気持ちよくスムーズに事が進んだ。
 
相手が大人でも子どもでも、家族でも赤の他人でも、あれをやって欲しい、これはやめて欲しい、など相手にアクションをとってもらいたい状況は日常的にやってくる。そんな時に、自分の感情や欲望の赴くままお願いするよりも、相手の気持ちを汲み取って、効果的なアプローチ方法を探すというワンステップ入れるだけで、かける言葉も変わり、相手と良好な関係を築ける確率は確実に上がるはずだ。
 
3歳の長男との日常は、かっこうの練習場所だ。ポイントとしては、大人都合、自分都合ではなく、子どもの気持ちや状況に応じて対応すること。ときには北風のようにストレートに厳しく、ときには太陽のようにじわじわと自分で気づかせたり、ときにはドクターのように優しく導いていきたいと思う。
 
 
 
 
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2022-11-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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