サンタの終活
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記事:さくら はるの(ライティング・ゼミ10月)
「台風が来て、ハウスが壊れただが」
父はそう言った。
ハウスとは、トマトのビニールハウスのことである。
それは父の持ち物でもなく、父がトマトを育てているわけではない。
でも、夏になると、真っ赤に輝くトマトたちが実家の台所を占領する。
赤い宝石箱は、ひと夏に何度も我が家に届けられた。こだわりの水を極力減らした育て方と、完熟してから収穫することで、びっくりするほどうまみと甘みのあるトマトなのだ。
このトマト、父の友人が育てているもの。
友人は育てることが好きで、収穫にはあまり興味がない。
そこで仕事を引退した父は、毎朝、収穫に行く係をかって出たそうだ。
どういうわけなのか、収穫した人が収穫した分のトマトをもらっていいらしい。商売じゃないとはいえ、そのシステムは興味深い。とても平和な世界観でトマトハウスは動いていた。
父は毎朝、嬉々として出かけ、収穫し終わると、トマトハウスの友人をはじめ、町のあちこちの知り合いの家に配りに行く。
それでもさばききれないので、母がジュースにしたり、煮詰めて冷凍庫に入れたりと、なかなか忙しいのだ。
そんな夏が終わりに近づいたころ、台風でトマトハウスはつぶれてしまった。
「もう来年はトマトが採れんだが」
父はサンタクロース気質。
みんなに贈り物を届けて、喜んでもらうのが大好きだ。
夏の贈り物が突如としてなくなってしまったので、少し落胆しているようでもあった。
後期高齢者に突入した父。
さみしいだろうけれど、こうしていろいろ手放していくのかなぁ。
と娘のわたしはそのとき思った。
その数か月後、母が電話をかけてきた。
「今、ハウス建てとるで」
わたしはてっきり父の友人が壊れたハウスをなおしているのだと思ったのだが、
「お父さんが、裏の庭に」
というのです。
父が裏庭にトマトを植えようとしているのか。
サンタは、とうとう自分で贈り物を作り始める……。
実家の裏庭に、小さなビニールハウスができている風景を想像する。
これまでよりも、たくさんは収穫できないかもしれないけれど、老後の楽しみとしてはちょうどいいかもしれないな。トマトへの想いがそこまであったのか!という驚きと共に、父の新しい楽しみを受け入れた。
また、完熟トマトが食べられるのはうれしいな。
わたしは、そんな気持ちで次の夏を待っていた。
5月のある日。
「やっとハウスができたよ~」
と母から連絡があった。
「楽しみだね~。上手に育つといいね~」なんて話して電話を切った。
そのあと、実家から車で1時間の距離に住んでいる姉から、トマトハウスの写真が送られてきて、ほんわかしたわたしの心が動揺した。
目ん玉が飛び出るとはこういうことをいうのだな。
ほんとに目ん玉が飛び出そうだった。
実物をみた姉はわたし以上に驚いたことだろう。
写真には家が写っている。
ちょっとした、家なのだ。
基礎工事もしてあり、しっかりしたサッシの窓もついているそうだ。
そして、でかい!
そりゃなかなか完成しなかったはずだ。
父は後期高齢者。
わたしだったら、こんな立派なものをその年齢でつくろうとするだろうか?
答えはNOだ。
父は「道楽。道楽」と笑っていたそうだ。
自分があと何年生きるか?とか、いまこんなもの作ったらあとに残された人が困るかもとか、そんな気持ちはさらさらないのだ。
「やりたいことをすぐにやる」
父のこれまでの人生や日常の風景を思い出すと、この精神と共に生きてきたのだな、と感じる。これまで九死に一生を何度も得た父だから、そうすることで後悔しない人生にしたかったのかもしれない。
わたしと姉の予想をはるかに超えたトマトハウスを造った父へのまなざしは、じわじわと尊敬の念へと変わっていく。あっぱれなのだ。「よし、いざというときはこのハウスの後始末、引き受けようではないか」という気さえしてくる。
いま、終活という言葉が、世の中に広まってきた。
終活は「人生の終わりのための活動」の略で、死後、周りの方に迷惑をかけないようにという気持ちで取り組まれる方が多いそうだ。
わたしも、そうだと思っていた。
だから、家のようなトマトハウスに動揺したのだ。
しかし、終活に関するいくつかの記事を読んでみると、前向きなスタンスを推奨されている。
「人生の最後を考えることで、これまでの自分を見つめ、今をよりよく、自分らしく生きるために終活を行う」というスタンス。
健やかな気持ちで過ごすことや、充実した人生を送るための終活こそが必要ですよ、と言われている。
父は、まさにこのスタンスなのだ。
最後まで、みんなのサンタでいたいという選択を父はしたのだろう。
この夏の帰省で、初めてトマトハウスのに立ち入った。
「好きなだけ採れ」と父は嬉しそう。
5人くらい入っても、自由にトマト狩りができるほど広い。
夏が終わるまで、我が家には去年と変わらず、サンタからの赤い宝石箱が届いた。
終活は、何歳からでもやったらいいそうだ。
わたしたちは誰しも終わりに向かっている。
自分らしく生きるために、充実した人生のために、終活をはじめてみるのもいいかもしれない。
次の夏も、赤い宝石箱が届きますように。
***
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