メディアグランプリ

私が夫とデートしたい理由


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記事:たらちね(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
大渓谷のバンジージャンプでロープが切れた。ほどの産後クライシスから、5年ほどかけて傷だらけ血だらけで地上に這い上がってくるという、執念の生還を果たした私だが、残念ながらジャンプ前の自分には戻れていない。つまり若い頃のように「ダーリン大好き!」を毎日連発できる状態にはないってことだ。
 
深い谷に落ちて這い上がって、怒りと恨みがやっと鎮まったのに、今度は愛を取り戻すという別の山を登らなければならないとは知らなかった。まだ先があるのかよと白目になった。しかしやるかやらないか。Love or die。私は挑みたい。
 
そこで、私が取り組んできた施策の1つがデートである。
9月に実施したデートは、幼い子供たちを友人宅に預かってもらい、京都の街で夕方から飲み歩いた。老舗からB級まで何軒もハシゴしてヘラヘラ歩き、次の店を探して席があっただの当たりだっただの、ちょっとしたアドベンチャー感が旅っぽくて最高だった。最後はへべれけになって、確か歌いながらタクシーで帰った。
 
なぜデートなのか。あえて言語化するならば「好きだと自覚する」ためだと思う。もっと言うなら「好きだと思い出すため」かもしれない。
なんだかんだで月日の経った夫婦には、相手をできることなら「惚れ直す」、せめて「なかなかいい」と見直すチャンスが必要で、それは待ってても転がり込んでこないと思うのだ。
 
私はつねづね、愛情は持ってるだけじゃだめで「相手にちゃんと伝わってナンボ」を信条としている。だから伝えたいし伝えてほしいと本気で思ってきた。
だがしかし。子供たちには毎日「大好きだよ」「生まれてきてくれてありがとう」と抱きしめてキスできるのに、なぜ同じことが夫にできなくなってしまったのか。(だってそう思ってないから? 本当にそうだろうか。違うと思う。)
頭では分かっていても、この件は理論を超えてくる。突き詰めれば、ハズいのだ。散々に大立ち回りしてきた奴がどのツラ下げて感も否めない。
 
だから二人きりのデートがいい。
 
並んで歩いたときの意外な背の高さとか、すっかり忘れていた結構大きい手とか。
缶ビール片手に川沿いに座って「青春かよ!」とかツッコミを入れながら、あの頃をちょっと思い出してみたり。エレベーターの中に二人きりで急にちょっとドキドキしたり(壁ドンなんてされるわけないのだが)。居合わせた外国人と英語で話す夫を眺めるなんていう、英語に憧れのある私のフェチを突くボーナスタイムも転がり込んだらもう最高。
(断っておくが、これらすべて、非日常のワクワクと酔いのなせる技。日常の中で例えば冷蔵庫の前ですれ違っても「邪魔!」とは思えても「背が高いな♡」なんて思えるわけがない。)
 
そんなデートをしながら、相方を「なかなかいい」と思う。酔っ払ってるため間合いが近めで、こういう顔だったんだとまじまじと眺める。「ああ、この男とずいぶん一緒にいるんだなぁ」そんなこと思うだけで視座が変わる。
 
さて、伝わってナンボの件だが、楽しすぎるデートでも、やっぱ言葉はハズくてなかなか言えない。だから酔っ払ってそのうち全身から「嬉しい楽しい大好き」がちょび漏れしちゃう感じがよい。なんならダダ漏れでもいい。酔うとやぶれかぶれになるから。
これが、今の私にもできる、「漏れ」による愛情表現である。(なんか下品だが)
 
かつて、愛そうにも、楽しくしようにも、その前に堂々と鎮座していた怨念があり、私はそれに対し一旦正式に謝罪して落とし前をつけてもらわねばということに執着していた。だからどんなチャンスにも眉間のしわを解除することができず、何年も時間がかかってしまった。
しかし今振り返って思う。最初に許してしまって、楽しくしてしまって、お互いフラットな状態で、あの時期こうだったんだよ悲しかったんだよ、これからはこういう二人になりたいと冷静にテーブルに上げて話したら、案外すんなりと欲しかった言葉が聞けたかもしれない。順番は逆でもよかったのかもしれないと。
あんなに胸の中を憎悪の黒い煙でいっぱいにして何年も過ごす苦しみを思えば、とっかかりは多少屈辱的でも自分が笑える道を選べたらよかった。北風と太陽のように。
 
でもね、遠回りしたけど、また目を見て笑い合えるようにはなった。ここまで来れば、もう上がるだけだ大丈夫。妻の表情をこわばらせ愛情を凍りつかせる悪魔の追っ手に言ってやる「逃げおおせたぞ、ざまぁみろ!」
 
この前の京都デートは、いつもは料理だけ撮っている夫が、珍しくデートの様子を動画で撮り、編集までして送ってくれた。「いつも頑張ってくれてるからプレゼント」と言って。そこには、盛大に笑い、盛大に飲む、LOVEダダ漏れの私がいた。恥ずかしかったけど、こんな視線で私を眺めてくれてたのかなと思ったら謎に泣けた。これも夫なりの、伝わってナンボの愛情表現だった。ちなみに最後に映っていた沖縄そばは記憶になかった。
 
大昔の「300%愛してやまない!」みたいなラブラブ状態に戻りたいと、もう1つの山を登り始めた当初は願い、そして途方に暮れた。でももう、そこがゴールではないことを知っている。
愛の質量も、濃度も、純度も、「いつか」や「誰か」と比べるもんじゃない。いろいろあった、現在の私たちの塩梅で、笑いあえたら上等上等。
 
そして、デートの帰り道でも、もちろん冷蔵庫の前でも、ふと、いっときでいい。巡り会ったこと、共に生きると決めたこと、二人で一緒に生きていることに歓喜を感じられたら、それ以上のことはない。つまり、「嬉しい楽しい大好き」が胸ん中にはちゃんとあって、それが漏れる瞬間がたまにあればいい。
 
だから私はデートがしたいのだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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