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ミーハーな気持ちでプロ野球を見に行ったら、「神は死んでない」ことを知った話


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:丸(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
世の中、こわいことは色々ある。
 
 
私は、夜道で男性に自分の後ろを歩かれることが苦手だ。
背後をとられている感覚。
物理的な戦闘になったら、勝てるはずがないという恐怖感。
個人的な「こわいこと」ランキングでは結構上位にランクインするだろう。
 
 
その日私は、ひとまわりほど年上の男性からの敵意を背中に受け、ひとけのない駅のホームを足早に歩いていた。
「最悪」「あり得ない」と繰り返しつぶやく声が後ろから聞こえてくる。
 
 
どうして、こうなったのだろう?
 
私はただ、「令和の怪物」を生で見たかっただけなのに。
 
 
 
 
 
昔から、野球の試合を見るのが好きだ。
といっても、あくまで素人目線。最低限のルールだけわかっていて、ひいきにしているチームが勝てばうれしい。天才的なプレーを見れば「カッコいい!」とうなる。
ごくごくライトな野球ファンである。
 
高校野球も好きだが、特にプロ野球。
特に巨人。
ミスタージャイアンツこと長嶋が2期目となる監督を務めた頃、私はほんの小さな子どもだったが、輝かしい黄金時代として記憶している。
中学生の頃は、地上波で巨人戦の放送を見るのが何より楽しみだった。
松井秀喜、上原浩治。レジェンドたちへの憧れは今も色褪せない。
 
 
球場で観戦する機会はなかなかなかったが、応援用のユニフォームは1着だけ持っている。
2018年、上原がメジャーリーグから巨人に帰ってきたときに購入した、背番号11番だ。
 
 
今年6月、私は4年ぶりにユニフォームに袖を通し、東京ドームへ観戦に出かけた。
巨人対ロッテ。
目当ては、ロッテの先発の佐々木朗希選手だった。
 
佐々木朗希選手は、岩手県の大船渡高校出身。
高校時代から球速160キロ超を計測するなど、素晴らしいピッチャーとして知られている。
2019年、ドラフト1位で千葉ロッテに入団。
2022年は完全試合も達成し、めざましい活躍を見せていた。
 
 
シンプルに、生で佐々木朗希君が見てみたい。
そんなミーハー心全開で、私は東京ドームへと足を運んだ。
 
 
しかし、佐々木朗希選手は調子が悪かったのか、残念ながらシーズン初の黒星を喫した。
岡本和真が2ランホームランを放つなど、巨人はこの日10得点。
巨人の先発・戸郷は7回無失点の好投を見せた。
 
「いや、私は佐々木朗希君が活躍するところが見たくて……そこまで打たなくても……」
 
「思ってた展開と違う」という気持ちを拭えないまま、巨人の快勝で試合は終わった。
 
 
 
 
 
そして帰り道。千葉方面へ向かう電車で事件は起きた。
 
混雑を避けて比較的ゆっくりとドームを出たものの、電車内には同じ試合を観戦したとおぼしき人々がまばらに乗っていた。
巨人・戸郷のユニフォームを来た女性。
ロッテのユニフォームを来た男性と、隣に座る連れの女性。
 
ロッテファンの男性は、おそらく球場でビールでも飲んだのだろう。
少し酔っ払った調子で隣の女性に話しかけている。
 
「もう今日は本当最悪だわ。特に、戸郷。戸郷の投げ方最悪」
 
戸郷の投げ方のどこらへんが“最悪”なのか、ミーハーの私にはわからないが、この日の戸郷のピッチングが最高だったことは間違いない。
 
「まじで何なの?」
ひいきのチームを打ち負かした巨人に、男性の愚痴は止まらなかった。
 
サッカーW杯でもそうだが、強い応援の気持ちは時に相手チームへの憎さへと変わる。
気持ちはわからなくはないが、車内は男性の大きめな態度に対し萎縮ムードが漂っていた。
 
「大体、巨人のユニフォーム着るなって話だよ」
突然、男性の不満は思わぬ方向に舵を切った。
 
 
「千葉に向かう電車で巨人のユニフォーム着てるってなんだよ。千葉はロッテだろうがよ」
 
 
聞きながら、すーっと背中が冷えていくのを感じた。
総武線、千葉方面行き。白と黒とオレンジのユニフォームを着たままの私。
勝利の興奮冷めやらぬ、浮かれた巨人ファン認定されてしまったのである。
 
 
そんな……。
私はただ、ミーハー心で佐々木朗希君を見に来ただけなのに。
なんなら私が一番好きなのは、3年前に現役引退した上原である。
 
しかしそんな心の声が届くはずもなく、男性は悪態をつき続けている。
私は何食わぬ顔でスマホを見ているフリをしようとした。が、スマホ越しに男性がチラチラと刺すような視線を投げてくる。
何しろ、私が立っている目の前に男性は座っているのだ。
 
責めるような瞳。
つぶてのようなチクチク言葉が、私の頬をかすめていく。
 
居たたまれず、私は身を小さくした。
お酒の力はこわい。
スポーツへの熱い気持ちと掛け算になれば、爆発的エネルギーを発揮しかねない。
男性を刺激せずにそっと姿を消すことだけが、今の私にできることだ。
 
電車は私の乗り換え駅に到着した。
ホッとして電車を降りたのも束の間、男性は少し距離を空けて後から降りてきた。
 
いや……あなたも降りるのか。
 
男性は連れの女性と一緒に、後ろをついてくる。
私は足を早めた。
 
こわい。
 
夜の駅。
私にとって、男性に後ろを歩かれることほどこわいことはない。
 
 
 
 
男性は相変わらず、「最悪」「なんなんだよ」「あり得ない」の三本柱で不満を言い続けていた。
少しでも距離を広げようと早足で歩いたが、あまり効果はなさそうだった。
走り出すのもかえって刺激しそうだし、どうしよう。
 
不穏な予感にますます背中を丸くしたとき、ふと男性の言葉が止まった。
 
 
 
 
男性は、私の背中を見ていた。
 
私の背中の文字を読んでいた。
 
私が誰のユニフォームを着ているのか、そこで初めて見たのだ。
 
 
 
背番号11番、上原。
 
 
 
「………」
 
 
 
 
 
 
「……いや上原は、最高」
 
 
敵意が消えた。
 
「巨人最悪」から一変、男性は「いや、上原は最高」を繰り返し始めた。
私は振り向かなかった。
でも、男性が笑い、すっかり機嫌をよくしたことは声色でわかった。
 
 
ほっとして、肩の力が抜けた。
同時に背中をぴしりと伸ばし、この11番をもっと見せびらかしたくなった。
 
 
男性にとっての上原が何なのか、想像でしかない。
 
でも、上原ってそういう存在なのだ。
 
 
私は男性に一言一句同意だった。
 
 
そう、上原って本当に最高なんですよ。
 
私は……
 
私は野球にそこまで詳しいわけでもなく、もうファンと言えるほど最近の巨人を知っているわけでもないけど、そんな私にとっても巨人戦を見に東京ドームに行くなら上原のユニフォームが正装なんですよ!
 
 
かくして、私は男性の刺すような視線から解放され、無事に帰宅した。
 
現役時代、クローザーとしても結果を残した上原は、日本でもアメリカでも「守護神」の通り名を得ていた。
 
酔ったロッテファンが上原の名前を見た瞬間に態度を変えるさまを見て、私は上原が現役を引退した今でも変わらず“守護神”であることを知った。
 
 
 
 
野球はいい。
見ていて楽しい。選手たちはカッコいい。
球場の臨場感もいい。ユニフォームを着れば、自分もチームの一員のようで、なおいい。
 
ただし、球場を出る前にユニフォームを脱ぐことを忘れてはいけない。
あなたの安全な帰路のために。
 
 
 
 
***
 
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2022-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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