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青函連絡船は愛の渡し船

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:上平恭代(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
その日キヨヱは、自宅がある青森市内から親戚が住む函館市内へ 、親から頼まれた届け物を渡すため、早朝の青函連絡船に乗り込んだ。
抜けるような青空だったが、冬の青森は深く雪が積もっていて、息をすると肺まで凍りそうなくらい寒い。海風が猛烈に冷たく、まつ毛につららが下がる。
船内に入っても、誰かが出入りする度に外からの冷風が入り込んできて、暖房は入っているのだろうが、全く暖かさを感じられない。きれいとは言いがたい船内は昼なのに薄暗くて、 特に自由席はごみごみしていた。週末だったから船内はかなり混んでいて、キヨヱは仕方なく四人掛けの席の一番通路側に座った。
しばらくすると、隣の男が手洗いに行くため席を立った。ちらりと見上げると、少し年上に見えるその男は柔和で優しそうな容貌だった。
キヨヱは実家近くの商業高校を出たあと地元の地方銀行に勤めていたが、自分の父親くらいの男性しかない環境だったため、兄弟以外で年齢が近い男性との接点が全くなかったから、スーツ姿の同年代の男に都会的な印象を持った。
函館への航路も半ばぐらいに来たところで、 キヨヱはみかんを取り出し皮をむき始めた。柑橘の香りが隣の男の鼻をひくひくさせた。その様子を見たキヨヱは、津軽弁が出ないようイントネーションに気を付けながら「良かったら半分いかがですか?」と男に聞いた。男は大阪弁が出ないように「ありがとう」と答え、半分こして食べた。
船を降りたところでお互いに会釈をして、二人はそれぞれ目的の場所に向かった。
 
その足でキヨヱは函館の親戚の家へ、両親から頼まれたりんごや和菓子を届けに行った。りんごは叔父のりんご農園から送られてきたもの、和菓子はキヨヱの父親が営む和菓子屋で特に人気の生菓子だった。親戚から先日いただいた海産物のお礼だ。
キヨヱは長女だったから、この親戚宅にはお使いで何度も来ていて、とても良くしてもらっていた。この日も訪ねた時間がちょうど昼時だったから、昼食を食べていくよう誘われ、食後にはお茶を飲みながらお互いの家族の近況を伝え合ったりした。
 
親戚から持たされた昼食の余りのほかに、両親や兄弟に何かお土産を買って帰ろうと、キヨヱは青函連絡船の乗り場近くのお土産物屋に入った。兄弟が七人もいるので、お土産はいくらあっても奪い合いになる。
親戚からはおかずなどを渡されていたので何か違う食べ物がいいのか、ちょっと珍しい洋菓子にしようか迷っていてふと顔を上げると、行きの青函連絡船で隣合った男がいた。
偶然の再会にとても驚いたが、出航時間までまだ小一時間ほどあったので、暖かいものでも飲もうかとなり、二人は近くの喫茶店に入った。
男はさっきのみかんのお礼にと、お茶をごちそうしてくれた。
帰りの船の中で、男は大阪から出張で来ていて、明日大阪に帰ることなどをキヨヱに話した。
二人は乗船の間いろいろ話しているうちにお互いにじんわりと好意を持ち始め、また会えたらいいねと住所交換したのだった。
 
数年ほど文通したり会ったりするうちに、二人は結婚を意識するようになる。
青森のキヨヱの実家に男が初めてあいさつに行った時、キヨヱの父親から「こげとげじゃいごよおぅけったな、まぁねまって」と言われ、生まれて初めて聞く津軽弁に固まってしまった。キヨヱは笑って「こんな遠い田舎までよく来たね、どうぞ座って、って言ってる」と通訳してくれた。キヨヱの父親は共通語が話せなかったわけではなかったが、娘の夫になる人の反応を見てみたかった、とのちに話している。
 
キヨヱが大阪にある男の実家を訪れた時、帰り際、男の母親から「これ、あなたのお母さんや妹さんにどうぞ」と、流行遅れの柄の着物を何枚か渡された。
きっといいものなんだろうけど、東北の人間は雪国で他に楽しみがないから着道楽なのに古着なんて、と思ったが笑顔で受け取り、男には黙って処分した。
 
新婚旅行は南紀白浜だった。
男は、自分が仕事から疲れて帰った時に、美味しいごはんと暖かいお風呂で出迎えてほしいという理由から、キヨヱには専業主婦であってほしいと伝えた。
キヨヱは、和菓子屋の実家が裕福でなかったためあきらめた習いごとを、子供ができたらたくさんさせたい、と話した。
そんな未来を語りながら、砂浜を歩き、ラクダに乗り、南方の魚を食べたりして過ごした。
 
男は転勤が多く、結婚してから何度も引っ越すことになった。
キヨヱは結婚するまで青森を出たことはなかったが、持ち前の明るさですぐに周囲に溶け込み、それぞれの土地で友達もたくさんできて、まわりはいつも賑やかだった。
二人は一女二男に恵まれて幸せに過ごした。
 
それから二十年ほど経ったある日、テレビのニュースで青函連絡船が終航するということをキヨヱは知った。
「父さんとお母さんは青函連絡船で出会ってね」
隣でみかんを食べていた私に、 母は寂しそうにそう言った。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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