メディアグランプリ

ケルトの風に吹かれたヨーロッパのどこかで


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記事:香山ハク(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
ヨーロッパをあてもなく旅しながらひと夏を過ごしたことがあった。
国境を越えることが純粋に愉快だった。
パリで借りていたアパルトマンに荷物を置き、ユーレルパスという、いくつもの土地を行き来できる切符を買って、有効期限ぎりぎりまでとにかくどこかへ行く。それ以外なにも決めていない根無し草のような旅をした。
 
その年の西ヨーロッパは例年になく寒く、わたしはパリに到着してすぐに風邪で高熱を出してしまったのがはじまりだった。熱にうなされながら、眩しい太陽や真っ青なコバルトブルーの海を強烈に求めた。海辺のデッキチェアで搾りたてのレモンソーダを飲みながら本を片手にまどろんでいる夢を見た。
 
「もう、行くしかないよね」すっかり熱の下がった翌日、どこか暖かい土地に移動するしかないと思い立ったわたしは、ローマ経由で南イタリア、南仏のコートダジュール、船でめぐるギリシャや地中海に点在する小さな島へ向かった。どの順番でどこからたどり着いたのか、今ではすっかり忘れてしまったが、その頃、わたしと同じようにあてもなく旅しているグループに何組か出逢い仲良くなった。
 
シチリア島で、ホテルのオーバーブッキングで部屋がなく、困りきって公園のベンチで腰掛けていたら、アイルランドから来たカップルに声をかけられた。ふたりは野宿でヨーロッパを横断していると言う。
南ヨーロッパのバカンスシーズンは異常なほど治安が悪く、普段なら絶対に会話することなどないのだが、寝るところもなく捨てられたボロ猫のような心境だったわたしは、結局、彼らのテントにお世話になった。キャンプをしている外国人を見たことはあったけれど、実際に自分がするなどとは思いもよらないものだ。わたし用の小さなテントを張ってくれた彼らに警戒しながら、虫の声に包まれて眠りについた。
 
旅は終わらせなかった。同年代のカップルと片言の英語で会話をし、レッドビーンズのスープを作ってほかのバックパッカー達と分け合って食べた。
気がつくとわたしは、焚き火をおこして煎れるコーヒーの美味しさや、寝袋から見上げる夜空の星の美しさに魅了されてしまった。
そして、そのままギリシャに行くというアイルランドのカップルと一緒にアテネに向かった。
  
始終、カメラを持ち歩いてどこでもシャッターを切るわたしのことを、彼らは古いアイルランド語で『アニシュ』と呼んだ。“今”という意味だそうだ。その独特な響きが嬉しくて、わたしは『アニシュ』と呼ばれるまま一緒に行動した。
 
その頃、女性のひとり旅をテーマにした写真が日本で流行っていた。趣味で写真をやっていたわたしは、帰国したら知り合いの雑誌社に取扱ってもらう心づもりでシャッターを切っていた。そうやって次の旅費を稼いでいたのだ。
 
二人は結婚を約束する大人のカップルだった。知的で、無駄なことをしない、誠実な心を持っていた。波長が合うと言うのは世界共通だと思った。彼らといると、ずっと以前にも逢ったことがあるような、慣れ親しんだ時間が流れていた。わたしはホテルに泊まらず、彼らのテントで眠る方を選んだ。
  
ある日、死ぬまでに絶対訪れたい土地のひとつがアイルランドの断崖なのだ、と彼らに告白した。
「来るといいよ。崖に妖精のいる国だからね」
「必ず行く」そう返しながら、お互い約束をしないタイプだと笑った。
 
彼の方はときどき、ケルト音楽を小さな笛で吹いてくれた。その横で彼女がハミングをする。聴きながらわたしは、アイルランドの荒涼とした風景を駆け抜けてゆく風に吹かれた気がした。風の匂いに、わたしが長い間探し求めている解放感を感じることができた。
  
わたしは昔から、目的を持たず無計画に物事を進め、気まぐれに行動する習性があった。子供の頃から気分屋で、すぐに物事に飽きてしまい、決められたスケジュール通りに動くことが出来ずに、家でも学校でもよく怒られていた。けれど、いつの頃からかその方が生きやすいことに気がついてしまった。そう話すと、ふたりは「一緒だ」と頷いていた。
 
あてもなく旅しているうちに、彼らはバカンスを終え帰国することになった。わたしのユーレルパスも残り6日となっていた。連絡先を交換し、いつかまた逢おうと話した。
「パリかロンドンか、お互い行きやすい都市にしよう」
わたしに気を遣って彼がそう言ってくれたが、彼女は横で首を振った。
「ダメよ。私たちの国で逢わなくちゃ。その時は崖から堕ちないように見守ってあげましょう」
淡い空色の瞳の、彼女のクールさが好きだった。
 
彼らと別れた後、海沿いでフランスへ渡り小さな村を撮影してパリへ戻った。
結局、再会する約束はしなかった。けれど、いつか再会できるだろうという、まったく根拠のない揺るぎない何かがわたしの中で生まれた。
 
ひと夏の気まぐれな旅で確信したことがある。
本来、人間はもっと直感的な反応で生きてもよく、世の中のことは野生で芽生えた手応えのようなものに身を任せたほうがうまくいくことがたくさんある、ということだ。
直感的な反応、原始的なサインに鈍感になりだしたら、それに気づくだけでもいい。実際わたしは、無目的な旅に出て、自分の臭覚に従うようにしている。
 
信じることに素直になると、世界との分離した一線がパッと消える。それはちょうど、音楽や水の流れのように無形で、時間も空間もなく変幻自在に漂うことができる、限りのない透明な感覚だ。
同時に、流れのまま漂うことは、わたしをひどく孤独にさせる。
ときどき、無人の惑星に取り残されたような気分になることもある。
写真はそんなわたしを救ってくれる相棒のような存在だ。旅先でファインダーを覗くとき、つきまとう孤独感から少しだけ解放してくれる。
 
彼らは現在、結婚してアイルランド西部に住んでいるそうだ。毎年クリスマスになるとメールが届く。ある年、空色の瞳を持った赤ちゃんの写真が添えられ、彼の方は考古学者になり、彼女はそのアシスタントをしながら母親業を楽しんでいると書かれていた。
あの夏の旅にひき戻され、わたしはまた、シャッターを切りたくなって旅の支度をしている。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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