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メディアグランプリ

鬼と当たり前の尺度

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西田 七海(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
大学時代のバイト先で出会った、気配りの鬼の話。
 
私は大学1回生の頃から、卒業間近までの約4年間、地元の整骨院の受付として働いていた。整骨院のスタッフと言っても、実際に治療を行うのは先生だ。受付のやることと言えば来院対応やカルテの準備や治療器具の簡単な付け外し、先生の補助がメインである。
私は所謂コミュ障、というやつで、人とコミュニケーションを取ることが苦手であった。だから、幅広い年代の人と接する機会のある受付業務でそれを克服したいと考えてバイトに応募をしたのだ。
実際、その整骨院には幅広い年代、さまざまな経歴を持つ人がやってきた。腰や足を悪くした老婦や仕事中に腰を痛めたサラリーマン、妊娠で骨盤が開いた主婦、軽い切っ掛けで脱臼した幼児まで。この4年間で本当にいろんな人とコミュニケーションを取った。
さて、この整骨院にはMさんという人がいた。彼女は整骨院のオープニングスタッフとして私ともう一人の受付であるKさんと同時期に入社したアルバイターであった。年齢は私より10歳程年上だ。大人びた受付対応とは裏腹に、朗らかに笑う姿が可愛らしい人だった。
彼女はとても気配りの出来る人だった。来院する人に対するお声かけから始まり、器具を付ける時のてきぱきしつつも丁寧な手つきで対応し、困っている人には直ぐ駆けつけて補助をする。患者さんに対してだけではない。受付間での申し送りは基本共有のノートに書いていたのだが、そのノートの丁寧な説明にはいつも舌を巻いた。同じ時間に勤務したときには、私が電話を取れば直ぐに手元にメモを置いてくれる。受付表の記入方法の変更など、なにか業務で変わった事があれば一緒に確認してほしいと物腰柔らかく提案してくれた。
私は影ながら、気配りの鬼だと彼女を揶揄した。決して卑下する意味ではない。人の変化や心情に敏感で、直ぐに行動を起こす。目が360度まわるのではないかと錯覚するほどの視野の広さを持っていたのだ。そんな彼女を私は本当に尊敬していた。
 
「仕事をする上で気を付けている事とかあるんですか?」
私は同じシフトに当たった時に彼女に尋ねた。彼女はいつもの人好きのする笑顔でただ人生経験が長いだけだと照れていた。可愛い。けれど今欲しいのはその回答ではなかった。次の言葉を考えていると、Mさんは言った。
「でも、当たり前は当たり前じゃないって思うのは意識しているかな」
言葉の意味がよく読み取れなかった。当たり前は当たり前という言葉だろう、と硬い頭はインストールするしかなかった。恐らく、へんてこな表情をしていたのだろう、私を見て彼女は続けた。
「私がいつもやっていることは、私にとっての当たり前かも知れないけれど、相手にとっては当たり前じゃない事もあるでしょ? だから相手には求めすぎない」
確かに、私がいつもしている挨拶も、人にとっては奇特なことで、寧ろ鬱陶しいものかも知れない。そんなことを考えていると、彼女は続けた。
「逆に、相手にとって当たり前だと認識している事が私にとっての当たり前じゃない事もある。当たり前かどうかの指標でなく、その人にとっていいことかどうかで行動するようにしているくらいよ」
だから、偶に口論になるときもあるんだけど、と苦笑していた。私の眼からは鱗が零れっぱなしだった。
「当たり前」というものは個々人のものさし上にある事象なのであって、第三者にとっては奇特な考えかも知れない。現に私は彼女の考え方自体が当たり前ではなかったからだ。Mさんは、私にとって当たり前でない行動を、彼女にとっての当たり前でやっていたのではなく、良かれの精神で行っていたのだ。
当たり前と思わないようにするくらいよ、と言って行動をやってのける彼女に、やはり私は尊敬せざるを得なかった。
 
Mさんは一緒に働き初めて1年半が経った頃にアルバイトを辞めた。結婚を機に旦那さんの実家に移り住むことになった。彼女の送別会であっても、気配りの鬼は顕在だった。ぼろぼろに泣いてしまった私とKさんにティッシュを差し伸べてくれていた。本人も泣いていた。
その半年後、Kさんも寿退社し、私は2年経ったあと、大学の卒業とともに整骨院のアルバイトを辞めた。院内で一番年少者であるにも関わらず、歴はアルバイターの中で一番長かった。私はMさんから学んだ事を、継承し続けた。申し送りはしっかりノートに記載し、新しい治療方法やルールが増えれば、他のメンバーと確認し合った。院内の印象を、始めのころから変えないように、院の顔となる受付の場所から気を配っていた。そのお陰か、何人かの患者さんには名前を覚えて貰えるようになった。
現在、私たちは連絡を取っていない。今彼女がどんな生活を送っているのかも、分からない。けれど、なんとなく、想像できる。あの気配りが染みた柔らかい笑顔を浮かべる、彼女の姿を。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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