ドラマチックじゃなくたって
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:井上遥(ライティング・ゼミ10月コース)
ドラムを習い始めた。
一応断っておくと、過去にドラム経験があるわけではない。全くの初心者からのスタートだ。楽器の演奏経験だってろくにない。
そんな私が、なぜドラムを始めようと思ったのか。
理由の一つに、「叔父のダイエット」がある。
今年の正月の出来事である。
私は、例年通り親戚の集いに参加すべく実家へと向かった。家に着くなり「もうみんな集まってるよ」と息つく間もなく姉にリビングへと連行される。
親戚一同と「明けましておめでとうございます」「元気にしてた?」と年始の挨拶を交わしていく。そして、叔父に「久しぶりだね〜」と声をかけられた時、私はある異変に気がついた。
ふっくらもちもちとした体型が印象的だった叔父が、以前よりも明らかにスリムになっているのである。
思わず「あれ、痩せました?」と挨拶もそこそこに言い放ってしまった。すると、隣にいた叔母が待ってましたと言わんばかりに「そ〜なのよ!」と少し怒ったような表情を浮かべる。
「この人、年末に突然ダイエット始めて。2カ月で12kgも痩せたのよ」
「えー!」と素直に驚いた。無理もないだろう。よくダイエットの広告で「2カ月でマイナス10kgも夢じゃない!」なんて文言を見るが、実際にそれを体現している人を始めて目の当たりにしたのだから。叔父はというと「病気にかかっただとか、変な薬使ったとかじゃないから安心してね」と、何とものほほんとした様子であった。
どうやら私が到着する前からその話題で持ちきりだったらしい。「お父さん、毎日10km近く走ってたんだよ」「食事にも気を使って、朝はサラダチキン、お昼はプロテイン、夜はビール抜き・ご飯少なめだったんだ」「も〜〜大変だったんだから! 献立考えるの!」といとこや叔母たちがここぞとばかりに叔父のダイエット情報を私にインプットしてくる。
正直なところ、私は以前のふくよかな叔父の姿も、その優しい人柄が滲み出まくっていて好きだったのだが、それはもちろん口にせずに「すごいねえ」と称賛の意を伝えた。
一方で、私にはぼんやりと、ある疑問が頭に浮かんでいた。
その疑問を叔父にぶつけることができたのは、少し後になってからのことだった。
「一足お先に帰ります」と駅へ向かおうとする私を、「送っていくよ。僕、お酒飲んでないから」と叔父が車で送ってくれることになった。
助手席に乗り込み、叔父が車を走らせる。そこで、私はさっき頭に浮かんだ疑問を叔父に伝えた。
「そもそも、叔父さんは何でダイエットしようと思ったの?」
2カ月でマイナス12kgなんて、何か相当な理由があったのではないだろうか。
私は、ずっとそのことが気になっていたのである。
うーん、と少し考えてから、叔父は話し始めた。
「街中を歩いてるとさ、自分と同じくらいの歳のオジサンたちとすれ違うわけよ。……で、ダイエット始めたの」
「いや、ちょちょちょ」
思わず言葉にならないツッコミを入れてしまった。流石に飛躍し過ぎている。「ごめん、すっ飛ばし過ぎた?」と叔父がエヘヘと笑う。オジサン(概念的な意味で)って、こういう小ボケ挟むよなあ……とほんの少し呆れつつ、「それで?」と私は話の続きを促した。
「なんか、すれ違うおじさんたち見てると、みんな顔付きが疲れてるっていうかね……」
うん、うん。頷きながら、続く言葉を待つ。
「そしたら、ふと『こうはなりたくないな』って思って」
そう話す叔父の、普段よりほんの少しだけ真剣な口調にどきりとする。
「それで、まずはダイエットから始めてみようと思ったんだ。ごめんね、なんか全然大した話じゃなくって」と叔父は苦笑いしながら言う。
「ううん、そんなことないよ。立派だと思う」と私は答えた。
私のその返答は、本当に心からの思いだった。
駅に送り届けてもらった私は、タイミング良くホームへと滑り込んできた電車に乗り込んだ。冬の電車のシートは、コタツのような心地よさがある。座席の温もりと回り始めたアルコールでうとうとしながら、私は叔父の言葉を思い返していた。そして同時に、叔父のその言葉が、なぜこんなにも私の心に響いているのかも考えていた。
きっと私は、ごくごくありふれた「変化の瞬間」、そしてそれをきっかけに変化を遂げる(遂げようと努力している)人が好きなのだと思う。
よく、インタビュー記事で「あなたの人生が(前向きに)変わった瞬間は?」という質問を目にする。その回答は「ある人との出会いがきっかけで……」や「忘れられない出来事があって……」といったドラマチックな体験や経験に基づいていることが大半だ。
けれど、ほんの些細なきっかけが人生の風向きを変える瞬間だって、きっとある。
叔父の場合も、ダイエットを決意したきっかけは「ダサいオジサンになりたくないから」という、お世辞にもドラマチックとは言えないものだ。
それでも叔父は「なんか、変わりたい」という、自分の中に芽生えたささやかな思いを丁寧に汲み取って、変化への一歩を踏み出した。そして、見事に自分を変えてみせた。
私たちの日常には、もっとより良い自分になるための「なんとなくの一歩」を踏み出す瞬間が溢れている。
叔父のダイエット体験が教えてくれたのは、そういうことだったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、「次は、××駅、××駅……」と乗り換え駅を知らせるアナウンスが聞こえてきたので、私は慌てて下車の準備を始めたのだった。
そして、話は冒頭に遡る。
正月休みを趣味のアニメ鑑賞に費やそうと決意していた私は「なんかオススメのアニメない?」と友人たちに意見を求めていた。さまざまな提案を受けたが、その中でも友人の一人から「これ、絶対お前が好きなやつ」と強く勧められた作品があった。
ストーリーは「友達のいない引っ込み思案な女子高校生が、バンド活動を通じて成長していく姿を描く」というものである。
そのアニメが、ものの見事に“刺さった”のだ。
視聴後、即座に友人へ「最高でした」と連絡すると、「いいよね……」とだけ返事が返ってきた。私も「いい……」と返信し、それで友人との会話は終了した。何とも淡白な会話であるが、時には多くを語らないこともファンの流儀の一つである。
ともあれ、何かにつけて影響されやすい私は「バンドってカッコいいなあ」「楽器とか、やっぱできたら楽しいだろうなあ」「やるとしたら、ドラムかなあ」などと夢想するようになったのである。
そしてその時、叔父のダイエットのことを思い出した。
――「なんとなくの一歩」を踏み出すとしたら、今かも。
気づけば、私は「ドラム 初心者 体験レッスン」と検索欄に打ち込んでいた。
不安はあった。すぐに飽きてしまうかもしれない。楽器はどうする? 置き場なんてないし、住んでいる部屋は楽器NGだ。練習する時間だって、忙しくてろくに取れない。お金だってかかるだろう……。
やらない理由なら、いくらでも挙げることができる。
それでも、叔父のことを思うと、ふっと勇気が湧いてきた。
そして私は今、習ったばかりの「8ビート」を、夢中になって練習している。
***
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