苦手なあの臭いが、突然美味しくなったわけ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:岩瀬翔(ライティング実践教室)
皆さんは、焼酎はお好きですか?
私は、お酒は好きだけれど、正直に言って焼酎は苦手だった。
酒を飲み始めた大学生の頃、焼酎は「酔うための酒」のイメージだった。
スーパーでは比較的安く大量に手に入り、罰ゲームのお供といえば焼酎だった。
申し訳ない飲み方だったと思うけれど、当時の記憶のせいかビールや日本酒が美味しいと思えるようになった今でも焼酎の味は馴染めずにいる。
そんな私だったが、あの焼酎と出逢ってからそのイメージがすっかり覆された。
まさか日本の端っこの秘境で、こんな出逢いがあると想像できただろうか。
その場所は青ヶ島という絶海の孤島だった。
そもそもこの島の名前もあまり知らない方も多いかもしれない。
青ヶ島には仕事で訪れたが、入島法はお隣の八丈島からのみ。船と定期ヘリコプターがあるが、天候が悪ければしょっちゅう欠航する。
人口168人と日本一小さな村で、東京都に属していることを知らない都民も多いかもしれない秘境だ。
そんな離島では仕事の時間もゆっくり流れる。1週間の任期をのんびりと終えようとしていた頃、職場の人から「青酎の試飲会に行ったら?」と勧められた。
「……あおちゅう?」
すぐに漢字変換できなかったが、じわじわと思い出してきた。
青ヶ島特産の焼酎だ。
同じく仕事で青ヶ島を訪れた先輩たちが、お土産として持って帰ってくれたものを飲んだことがある。
記憶の中のあおちゅうの味は、決して良いものではなかった。
焼酎の中でもクセが強く、野生味のようなムッとする臭いが鼻を満たしてストレートで飲めたものではなかった。
そんな焼酎の試飲会なんて……何種類も飲めないよ?
あまり気乗りしない私をよそに、話はどんどん進んでいく。
観光資源もあまりない青ヶ島では、あおちゅうの試飲会が訪れた人たちによく勧められる名物らしい。
良かれと思った島の人のおせっかいは止められない。
あれよあれよと話は進み、次の日には宿の人が試飲会の予約をとってくれた。
ここまで話が進むとさすがに覚悟が決まった。
自分では買うつもりはないけれど、酒好きのあいつには良い土産になるかな。
きっと先輩たちが焼酎を土産に買うときに考えたであろう事と同じ事を言い聞かせながら、青ヶ島酒造に向かった。
青ヶ島酒造の事務所は醸造所の目の前にあった。
会場に着いた時には既に10名ほど集まっていた。
ほどなくして醸造所であおちゅうを作る杜氏の方が到着し、丁寧に参加者を事務所に案内した。
事務所に入ると真ん中のテーブルにあおちゅうの瓶がずらりと並ぶ。
その数はざっと10本以上。
焼酎瓶たちの1番近くに杜氏さんが立ち、輪になって座った参加者にパンフレットを配った。
そして威勢よく説明を始める。
「えーこんな所まで遥々ありがとうございます……突然ですが、焼酎の作り方って知っていますか?」
言われてみると確かに作り方まで深く考えたことはなかった。
焼酎ってなんでアルコールがあんなに高くて香りも強いのだろう?
「お酒はそもそも醸造酒と蒸留酒と2種類あるんです。醸造酒が米とかブドウとかを発酵させたもので日本酒とかワイン。蒸留酒がその醸造酒を蒸留したもので焼酎とかブランデーになります」
なるほど! 蒸留してアルコールと香りをぎゅぎゅっと濃くしたものだから濃厚になるのか。
「ちなみに、日本でお酒を作る時に2段階発酵させていて、米や麦のデンプンを麹菌という菌に分解させてブドウ糖にもらう一次発酵、ブドウ糖を酵母菌に分解させてアルコールにする二次発酵があります」
へー! どちらの菌も名前は知っていたけれど、そんな役割があったんだ。
杜氏さんの話はわかりやすい。
事務所のホワイトボードに図を描きながら説明してくれる。
「さて、この麹菌と酵母菌が日本の酒にはとても大事で、この菌の種類の組み合わせで味が決まるんです。
今の時代は、同じ味と品質で大量生産するためにほとんどのお酒が1種類の麹菌、酵母菌で作られています。
でも、青ヶ島ではどちらも天然の菌を使っているんです。
8人の杜氏がそれぞれの仕込み方で野生の麹菌をつけています。
そして酵母菌もこの酒造の蔵の壁に棲みつく菌を移して発酵させています」
なんと! あの野生味あるあおちゅう独特の臭みは、天然の菌を利用した焼酎だからこそだったのだ。
私の鼻もあながち間違ってはなかったのかもしれない。
いつの間にか、みんな杜氏さんの話に引き込まれていた。
作り方の異なるあおちゅうの違いというのを、知りたいという衝動が十分高まったところで参加者にコップが配られた。
いざ、実飲!
記憶にあった野生味ある臭みは、杜氏さんの話を聞いた後にかぐと意味深い香りに変わっていた。
香りの種類ごとに、各家庭の伝統や暮らしぶりが乗っているのだ。
干し草の香りが強い青酎は、牧畜業の家で作られたのだろうか。
ヒノキのような深い香りが鼻の奥にゆったりと広がる青酎は、森の麹菌を使ったからだろうか。
飲み終わった後に薬酒の苦味が残る青酎は、どんなところで仕込んだのだろう。
少量のあおちゅうがコップに注がれ、次々と回っていく。
他の参加者もパンフレットを片手に飲み比べていき、
杜氏さんの説明も聞きながら「ほおー!」「これが好きだわ」
と、青酎の味わいの違いを楽しんでいた。
青酎の原料は今でも島で採れるサツマイモを使っている。
昭和後期までは各家庭で作られ、漁に出た夫の帰りを待つ女性がその家の製法で作っていたという。
いわば、島の暮らしぶりや伝統を味という形で閉じ込めたものが青酎なのだ。
大袈裟かもしれないが、各々の製法で作られる青酎は島の文化を記録にとどめた古文書のようだと思った。
そしてこの醸造所は、数々の古文書を取り揃えた博物館のようだった。
酔いも忘れて飲み比べていくと、私もお気に入りと出会っていた。
干し草の香りと酸味の爽やかな「奥山直子」さんと、
甘みを抑えて檜の深い香りが印象的だった「菊池正」さんの3年古酒だ。
自分のために青酎を買うつもりなんて全く無かったのに、自分から「これください!」と叫んでいた。
事務所を出ると、隣の醸造所から夜風に乗って青酎の香りが通り抜けた。
もう、不快な臭いではなかった。
日本各地には、きっともっと色んな歴史を秘めた焼酎や日本酒があると思う。
皆さんも、お酒を飲む前にそのお酒の歴史を尋ねてから味わってみてください。
***
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