メディアグランプリ

人生に必要な、ほどよい刺激とスキマ時間


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
手帳に何も予定のない日が好きだ。
前日から目覚ましのアラームをオフにして、毛布にくるまったままゴロゴロとする。
同じ部屋では、6歳を過ぎた猫が自分のベッドからちょこんと顔を覗かせて、
「ねぇママ、まだ起きないの?」
と言わんばかりにこちらを見てくる。
「あと10分、うーん、あと20分だけ寝たいかな……」
と呟きながら、またとろとろと私は眠りに落ちる。至福の時間だ。
 
10年前の私には、こんなのんびりした時間は考えられなかった。
手帳を開いて、予定がびっしり埋まっていないと落ち着かなかったのだ。
今思うと、なぜそんなに生き急いでいたのだろうと思う。
平日はフルタイムで働き、深夜残業も多い職場だった。産休や長期病休の社員の分も仕事が回ってきたのは、独身かつ一人暮らしで時間の融通が利くと思われたからだろう。
それでも会社に必要とされていると思うと、仕事を断ることが出来ず「頼られている」と勘違いしていたのだ。
今、当時の私が目の前にいたら「何うぬぼれてんのよ!」と、一発ビンタをしてやりたい。
また、土日は新たな習い事を始め、自己啓発セミナー等にもせっせと通っていた。
少しでも時間が空くのが怖くて、分刻みで埋まるスケジュールを見てはニンマリしたものだった。それが急降下するジェットコースターだとも気づかずに……。
 
ある週末のこと。
午前中の習い事を済ませて、次の習い事が始まるまで時間があった。
一旦、自宅に帰ろうと電車に乗った直後、ものすごい恐怖感に襲われたのである。
呼吸をしようとしても、喉をぐっと掴まれたように塞がって、息が吸えない。
次第に頭がクラクラして、車内の景色がぐらりと歪んで見えてくる。車内にいるすべての乗客が、私を監視しているような視線に耐えられなくなり、次の停車駅で崩れるように降りた。
 
バッグに偶然あったビニール袋を取り出し、吐いてもいいように口に押し当てた。
吐きはしなかったが、やはり息が思うように出来なくて苦しい。
「このまま、死ぬのかな……」
と、一瞬だけ不安がよぎった。
その時ふと、過呼吸症候群で発作を起こした同級生のことを思い出した。そうだ! あの時は紙袋だったけれど、ゆっくり息を吐かせて回復させていたと。
たしか「ペーパーバッグ呼吸法」とか言っていたが、紙袋が無いから仕方ない。
少しずつ、本当に少しずつ、ビニール袋に自分の吐いた息を入れて、それを吸う動作を繰り返しやってみた。
しばらくすると、徐々に呼吸ができるようになってきた。
「助かった……」
普段は降りることのない駅で途中下車してから、30分以上も過ぎていた。
 
一体何が起こったのかわからなかったが、翌日、病院に行くと医師は言った。
「お気持ちが不安定なようですね。最近、眠れていますか?」
その言葉にハッとした。実は睡眠時間が4時間くらいしか取れていなかったからである。
「たしかに、あまり眠れてないですね……。なんだか、いろいろ忙しくて」
「忙しくて」なんて、その場では周りのせいにしたけれど、勝手に忙しくして空回りしていたのは紛れもなく、この私自身だ。
体の声を聞かずに酷使していたツケが回ってきたのだと思った。体がもうやめてくれと悲鳴を上げていたのに、気づけなかったことが悲しくて、ぽろぽろと涙が出てきた。
医師は私をなだめた。
「正直、過呼吸症候群(現在は過換気症候群)で、死ぬことはありません。大丈夫です。この症状はストレスを抱えていると発症しやすいです。ご自身の生活を一度見直してみませんか」
 
その日から、私は無理に予定を入れることを極力やめた。
少し調子が良くなると、フルパワーで動きたくなる衝動をぐっとこらえた。またあのしんどい思いをするのは嫌だったからである。
最初の頃は、寝る前に発作が出たり、虚無感に苛まれて、ひとり部屋でもがく日もあった。
そんな時は医師と話したことを思い出す。
「予定を入れ過ぎない。この仕事は自分じゃなくてもできる。必要以上に焦らない。本当にきつい時は休む。そして、ご飯やお茶の時間はできるだけゆっくり取る」
ごく当たり前のことかもしれないが、その判断ができないほど当時の私は私自身を追い詰めていた。
回復までに多少時間はかかったが、予定を詰め込むことはなくなり、仕事も自分ができる範囲で良いパフォーマンスができる力具合を調整できるようになった。
あの時、体が教えてくれなかったら、今頃どんな生活を送っていたのかと思うとゾッとする。
 
あの恐怖感に襲われた日から、10年以上が経った。
今でも体力があるほうではないし、親も年を取ってこれからお世話をすることも多いだろう。新しい家族(愛猫)も増えた。
あの時とは違う。あの時と同じ生き方はできないし、したくない。
でも、それは人生の中で急降下する経験をしたからこそわかることである。
時に、何に対してもとにかく一直線な若者に出会うと、まばゆく、そして少しだけ胸が痛む。昔の自分と同じような思いはしてほしくないからだ。
 
今は、平日の予定はほとんど入れずに過ごすのが心地よい。
自宅に帰ると、こぽこぽと沸き立つお湯を注いで、美味しいお茶を淹れる。体中に温かいカフェインを摂り入れて、こうして毎週の課題に取り組んでいる。
残業ばかりしていた頃には到底味わえなかった、ほどよい刺激とスキマ時間がここにはある。
「ねぇママ、まだ終わらないの?」
と言わんばかりに愛猫がこちらを見ながら、うとうとし始めた。
そうだね、もうすぐ終わるよ。今日はもう寝よう。ゆっくりと、ゆっくりと。
 
 
 
 
***
 
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2023-02-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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