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初めての恋に僕は祈る


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ハタナカ(ライティング・ゼミ2月コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
ある時、担任の木下先生を見ると気持ちが溢れそうになって、僕はこれが恋だと知った。
その日から毎日学校に行くのが楽しくなって、なのに自分だけを見てくれない先生に絶望的な気持ちになった。家に帰っても先生のことばかり考えてしまい、ある時何気なく聞いた恋の歌が僕の気持ちそのままでびっくりした。
 
どうすれば木下先生と関わる時間が増えるだろう?
 
5年生が終わった春休み、僕はそんなことを考えていた。小学校を卒業するまであと1年。それまでにどうしても先生と仲良くなりたかった。
考えた末に僕は6年生にして初めて学級委員長になることにした。
 
新学期で委員会を決める日、みんながどれにする? なんて話してる中、僕は真っ先に学級委員長に手を挙げた。
「えっ、アイツが?」
クラスがどよめいた。そりゃそうだ。そんなキャラじゃないのは僕が一番知ってる。でも他のことまで考える余裕なんて僕にはなかった。
「山本くん、本当にいいの?」
木下先生が意外そうに僕に聞いた。
「あ……はい。やってみたいってなって」
緊張して少し声が震えてしまった。
反対されるだろうかと不安になったが先生は少し笑って
「そっか、じゃあ山本くんにやってもらおうかな! みんなもそれでいい?」
大丈夫でーす、と返事があった。むしろ面倒なことせずに済む! という空気になってホッとした。
かくして僕は学級委員長の立場を得た。
 
そこから僕は学級委員という立場を使って先生の手伝いを沢山した。休み時間に先生がプリントを持って来れば「僕が配りますよ!」と声をかけたし、授業が終わればノートを運ぶのを手伝った。最初は先生も驚いていたが次第に「すごく助かる、ありがとう!」と笑顔で返してくれるようになった。僕の心臓が高鳴った。これだ、と思った。
木下先生の笑顔が好きだった。
木下先生は他の先生より特別綺麗とかではない。でもいつも穏やかで、笑うと先生の優しい性格が滲み出て、僕を夢中にさせる魔法があった。
いつだって先生には笑っていてほしい。
そして僕が大人になる頃には先生の隣に立ってみせる。その為に今出来ることは全部やるのだ。
僕の目には木下先生しか映っていなかった。
 
ある日の放課後、図工の授業で描いた絵を教室の壁に張る為に先生と2人だけで残っていた。
危ないからと貼って剥がす作業は木下先生が、絵や画鋲の受け渡しは僕が担当した。安部さんの絵は上手だねとか永野くんはまだ提出出来てないんですねとか何気ない話をしつつも、僕は絵を渡す時に僅かに触れる先生の手に、何でもない風を装うのが大変だった。
「いつも手伝ってもらってごめんね」
作業を進めながら先生が少しだけ申し訳なさそうに言った。
「いえ、楽しいですから!……木下先生こそ、体調はもう大丈夫なんですか?」
「うん。昨日はごめんね、何か変わったことはなかった?」
先生は昨日体調不良で休んでいた。何となく、今日もまだ疲れている様子だ。
「うーん、特にはないですね。木下先生の分まで僕がまとめようって、気合い入れて頑張りました!」
先生がクスっと笑う。ちょうど最後の一枚を貼り終わったところで先生が僕の方を振り向いた。
二人きりの教室で、微笑んでる先生と目があう。一瞬で心臓の鼓動が早くなった。一生忘れられないんじゃないかと思えるくらいドラマチックな時間に思えた。
「何だか山本くん変わったね。すごく頼りになる学級委員長だよ」
幸せな気持ちでいっぱいになった。いっそ、僕の気持ちを告げてしまおうか。
「そんな……でも、先生がいてくれるから、頑張れるんです」
溢れる気持ちを抑えて、そう答えるのが精一杯だった。
あらーそう? と先生が笑って
「さ、暗くなる前に帰りなさい。ありがとうね」
また明日、と挨拶して僕は帰路についた。木下先生と過ごしたこの時間を、何度も何度も噛み締めながら。
 
ところが木下先生は翌日も休んだ。次の日来たと思ったらその三日後休んで……そんな時期が続いた。もしかして重い病気をしてるんじゃないかという考えがよぎったが、何を聞いても木下先生は「大丈夫だよ、心配させてごめんね」と曖昧な答えしか返ってこなかった。
気づくと休んでる日の方が多くなった。
 
「夏休み楽しめよー。じゃあ山本、号令」
一学期の終業式、もう2週間は森先生が木下先生の代わりに来ていた。先生の中でも年齢が高い方の人で、厳しいと評判の先生だった。
木下先生はちょっと休んでいるだけだと、それ以上の説明はなかった。それでも僕はずっと不安でたまらなかった。ちゃんと2学期には戻って来るんだろうか。
お母さんに聞いても最初は何も教えてくれなかったが、僕があんまりしつこいから「アンタ、他の子には言わないでね」と前置きしてから教えてくれた。
「木下先生ね、永野くんのお母さんと揉めてたみたいよ。詳しいことまでは知らないけど。あそこのお母さん、過保護だしちょっと変なのよ。木下先生も繊細そうな人だしね」
 
あっ……!
 
僕はハッとした。
そういえば木下先生が休みがちになる少し前、永野くんのお母さんが学校に来たからと、木下先生が呼び出されて授業が中断したことがあった。永野くんがニヤニヤしていて気味が悪かったのを覚えている。
心がざわざわした。どうして気づかなかったんだろう。
だって、木下先生は何も言ってくれなかったから。そんなの、分かる訳ないじゃんか。
そんな言い訳が心に浮かんで、情けなくなった。
「関わりたくないから、永野くんと揉め事起こさないでよ。頼むから」
お母さんは面倒そうに僕に言った。
 
結局2学期が始まっても木下先生は戻って来なかった。
木下先生のお見舞いに行きたいと森先生にお願いしたが「今はそっとしておいてあげた方が良い」と返されてしまい、それ以上は何も言えなかった。
僕は木下先生が戻ってきてもいいようにと2学期も学級委員長になって、とにかく仕事を頑張った。
「山本はいつも積極的に手伝いをしていて偉いよ」
ほとんど担任みたいになった森先生からよく褒めてもらえた。それが嬉しくなかったと言えば嘘になる。
でもそれだけじゃダメだ。もっとしっかりした人になって、木下先生を助けるんだ。
その決意は変わらなかった。僕は早く、木下先生に戻って来て欲しかった。
 
そうして気づけば冬になって、2学期が終わろういていた。
僕はいつも通りに職員室で森先生からプリントを受け取り、廊下を出た時だった。
校長室の前で校長先生と教頭先生と、そして木下先生が話していることに気づいた。
やっと会えた……念願叶った喜びも、しかしすぐに消え去った。
 
木下先生は随分痩せていて表情も暗かった。僕は見てはいけないものを見たような気分になった。
話しかけられなくて、でも見て見ぬふりもできなくて、悪足掻きみたいに立ち止まっていると木下先生が僕に気づいた。一瞬「あっ……」という表情をしたが、すぐ笑顔になって「久しぶり!」と手を振ってくれた。
 
それは僕のよく知っている笑顔だった。
それなのに、僕はどうしようもなく寂しくなった。
「木下先生―! 久しぶりです!」
何も考えられなくなって、ただ咄嗟に僕は明るく手を振り返して、ようやくその場を立ち去った。それしか出来なかった。
 
木下先生。せめて、先生の辛い気持ちの中に、少しも僕が入っていませんように。
 
廊下を歩いてる僕の中から溢れてくるのは、何故かそんなことばかりだった。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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