メディアグランプリ

かわいいからって本当に旅に出すなんて

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:藤野宏隆(ライティング・ライブ京都会場)
 
 
かわいい子には旅をさせよ。ということわざがある。子どもがかわいいからといって手の届くところで甘やかすのではなく、世間に出して、さまざまな経験をさせることが大切だという意味だ。ここでの旅はあくまで比喩で、旅行を意味しているわけではない。車や電車といった交通機関がなかった昔は旅と言えば、自分の足で行くしかなかったので、旅は本当に厳しいものだった。だから、子どもにとって厳しくても身になるものとして旅という表現が使われている。
しかし、このことわざを文字通りに受け取って、子どもに本当に旅をさせる人もいるのだ。
 
それは私が子どもの時に通っていた塾の先生だ。
個人で営んでいる小さな塾で私の学年は全員で8人が通っていた。どの科目も全部を1人で教えていた。勉強だけでなく、みんなでランニングをしたり、映画を観たりと、子どもたちの好奇心を刺激しながら、面倒を見てくれていた。夏休みなどの長期休暇には課外活動として子どもたちを旅行にも連れて行ってくれた。
 
中学校1年生の夏休みが近づいてきた頃、今年も夏休みはどこか旅行に連れて行ってくれるかなと思っていると、今年は広島県の呉に行くことにしましたと先生が言った。戦艦大和の資料がある大和ミュージアムを見に行くらしい。子どもたちはみんなと一緒ならどこに行くのも楽しみなので、今年も旅行に行けると聞いただけで大はしゃぎだ。みんながはしゃぎ始める中、先生が続けてこんな事を言った。
 
「でも普通には行かせません。青春18きっぷを使って鈍行列車だけで滋賀から呉まで向かいます。全員で2人1組のペアを4つ作ってそれぞれ別のルートで行ってもらいます」
 
そう告げられると、ペアを決めるためにくじがみんなに配られた。子どもたちは先生の言っていることがあまりよく飲み込めていないがくじを引く。そうしてペアが出来上がると次はそれぞれのペアにバラバラの旅程表が配られる。
「朝6時出発!? 早っ!!」「電車に8時間!? 乗り換えが7回!?」「2時間乗りっぱなし!?」「ここどこ……、漢字が読めない……」「あれ? 僕と予定違う……、そっちも見せて」
それを見て、ようやく子どもたちも今回の旅行が今までとは違うことに気づき始める。ペアごとに電車の出発時間が少しづつズレていたり、乗り換えのタイミングが違っていたりする。まったく同じルートは無いから、反応もそれぞれだ。それを見る先生はなんとも楽しそうだ。
 
「僕はみんなの出発を見届けたら新幹線を使って先に呉に着くように向かうので、みんなは電車を乗り継いで、遅くてもその日の内に呉まで無事に到着してください。かわいい子には旅をさせろと昔から言われているからね」
 
旅行当日、私の組は乗り換えをこまめに繰り返しながら呉まで向かう予定になっている。まずは姫路まで2時間ほど乗りっぱなしだ。今思えばとりあえず神戸ぐらいまで寝てればいいかなんて考えるが、当時の私たちにはそんな余裕は無かった。
 
学校までの行き帰りは歩き、友達の家に行くのは自転車、家族旅行は両親が運転する車、校外学習はマイクロバスという普段の生活では電車はおろか公共交通機関をほとんど利用しない生活をしている私たちだ。たまに電車を使っても5分ほどでつく隣駅に行くぐらいなので電車で寝るなんて考えが出てくることがない。
 
見たことのない景色の中を電車がどんどん進んでいくとともに、不安な私たちのドキドキがワクワクとした冒険心に変わっていく。初めて見る景色、初めて見る駅の名前、周りには初めてが溢れていた。青春18きっぷを使うことも、駅員さんに切符をみせて改札を通ることも、乗り換えのために電車を降りることも、降りたホームから別のホームに移動することも、そして子どもだけで非日常に包まれているこの状態も、すべてが今まで体験したことの無いことだった。
 
こうして、私たちの冒険は大きなアクシデントもなく進んでいった。途中、岡山駅で乗り換え時間に少し余裕があったので、改札を出てお昼ご飯を食べる予定になっていた。次の電車までは1時間ほど余裕があるのだから、どこかお店に入ってご飯を食べればいいのに、私たちは駅前のパン屋さんで買ったパンをその場で食べることにした。それまでの乗り換えがどれも数分しか無くバタバタしていた私たちは、いくら時間があっても駅から遠くに離れるのが不安だったのだ。外で食べていたら、よそ見をした瞬間にパンを鳩に持っていかれてしまった。ささいなアクシデントは旅のスパイスだとしても、電車の乗り換え以外でアクシデントが起こるなんて考えもしなかった。
 
そんな風にして乗り換えを繰り返して電車に乗り続けることおよそ8時間。私たちは無事に目的地の呉まで到着することができた。他のペアも予定通りに到着する。子どもたちはみんなどこか興奮気味だ。
「もう少しで乗り遅れるとこだった!」「駅弁を食べた!」「おばあさんに席を譲ったら飴をくれた!」「電車にトイレが無くて焦った!」「面白かった!」
みんながそれぞれにワイワイとエピソードをぶつけ合う。かわいい子たちはみんながその身でしっかりと「旅」を経験してきたようだ。
満足そうにその光景を眺めている先生がみんなに言う。
「帰りも青春18きっぷで帰るか~?」
「「「それはいや!!!」」」
声を合わせて、嬉しそうに嫌がる子どもたち、それを聞いた先生は次の日の新幹線の切符をみんなに手渡してくれた。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2023-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事