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メディアグランプリ

桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田口ひとみ(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
小学校の頃なんて、どんなきっかけで友だちができたのだろう? そして、友だちになったきっかけを覚えている人なんて、どのくらいいるのだろうか?
 
あまりすてきな思い出が多いとは言えない小学生時代を送った私にとって、学校のできごとなんてほとんど記憶に残っていない。運動会や遠足など、学校行事のワンシーンが頭に残っているけれど、それはきっと大人になってから見た昔の写真のイメージが残っているだけに過ぎない。
 
かわいそうかと言えばそうでもなく、クソ生意気で周りから線を引いて斜に構えていた子どもだったから、ひとりであれこれ妄想しながら帰るのは好きだったし、通学路を外れるなんて日常茶飯事。それこそ、毎日違う道で帰ることをなぜか自らに課していて、ストイックなほどにひとり探検隊を気取っていた。だから、急用があって迎えに出た親と落ち合えずにひどく怒られる、なんてこともよくあった。
 
今でこそ、そうやって女児ひとりで毎日違う道で帰るなんて考えたらゾッとするけれど、田んぼや畑が多く、学校から自宅までの途中に親戚の家が数件あるようなのどかなド田舎で暮らしていたため、地域に自分のことを知らない人はいないかのごとく、のほほんとしていたものだった。
 
あれは確か、小学校2年生の頃だったと思う。
同じクラスのAちゃんとは、帰る方向が一緒だった。お母さんが看護師さんで、家に帰ると犬と猫がいるだけ、という鍵っ子の彼女はどことなく大人びていた。いや、かなりのおマセさんだった。
 
その頃の私といえば、年の離れた弟が長期入院していて家におらず、両親も客商売をしていたから、もしかすると彼女の大人っぽさや孤独に共感を覚え、一緒に帰ることが多くなったのかもしれない。御多分に漏れず、何がきっかけでそうなったかまったく思い出せないのだが、何となく仲良くなって、お互いの家に泊まりっこするようにまでなっていった。
 
Aちゃんは、私が毎日違う道を帰っていると知ると、目を輝かせて探検隊に加わった。ふたりになった探検隊は、今日はどっちに行こう、今日は何をしようと、ほぼ行き当たりばったりの小さな冒険を楽しんでいた。
 
ある時は雨上がりのアスファルトで、思いっきり飛沫をあげた方が勝ちね、と言いながら水たまりを踏んづけまくって歩いたり、ある時は道端の草を摘みながら花束にして、どっちが母から褒められるか競いあったりしていた。
 
ありきたりの帰り道では物足りなくなってきた頃、いつもならば、家族や別の友だちと通ったことがある道しか通っていなかったのに、急に思い立って棒が倒れた方に進まなければ死ぬ、という決まりを生み出した。その結果、否応なく自分たちが全く知らない道を通って帰る羽目になったのだ。
 
今でもはっきりと覚えている。あの大きいお寺の前で棒が左に倒れて、ちょっと暗めの竹林を怖くてドキドキしながら歩いていくと、もう閉鎖してしまった病院があった。その古くて錆びた開けたら音の出そうな門に怯えながら、次に倒れた棒の方向に進んでいく。
 
道は細く、さらに暗くなっていく。もしかして、この先行き止まりだったらどうしよう? と、徐々に歩みが遅くなる。どちらからともなく、そっと手を繋いだ。声にならない、どうする? 戻る? という不安が押し寄せ、ひとりじゃないし怖くなんかないもん! という謎の強がりがごちゃ混ぜになる中、先の見えないカーブを曲がった時突然、そこに淡く白いぼんやりした世界が広がった。
 
梅林だった。青味がかったほのかな甘酸っぱい香りが立ち込めていた。ほとんどが白い梅だったが、少しだけ紅いのもあった。梅の畑だ! すごい……
私たちは走って梅林の中に踏み入り、無言でただただ梅を見上げていた。こんなにたくさんの花が咲く畑を偶然自分たちが見つけた満足感と、まるで夢の世界にでも迷い込んだかと思うような幻想的な香りと雰囲気に呑み込まれ、魅了されていた。
 
しばらく周りの音が聞こえなくなるほどボーッと過ごした後、カラスが鳴いて我に返った。そろそろ帰らなくては。
心のざわめきがなかなか収まらないまま、どちらからともなく、この花をお母さんに持って帰りたいよね、ということになった。けれど、見るからに誰かが育てている立派な畑だし、勝手に持っていったら泥棒になってしまう。泥棒にはなりたくない。
 
こんな時、勇気があるのはいつもAちゃんだ。梅林の隣にある家の玄関にずんずん向かっていき、チャイムを鳴らす。チャイムを鳴らしてから彼女は振り返り、少し分けてもらおう、と私に言った。どちらかといえば奥手な私は、人にものを分けてもらうなどという発想は持ち合わせていなかったので度肝を抜かれたが、ビクビクしながらその様子を見ていた。残念ながら、お留守だった。
 
困ったぞ、と腕組みをする彼女に私は言った。お手紙書かない? そうして、ランドセルからノートとえんぴつを取り出し、何も書いていないページを1枚破いて手紙を書いた。
 
「ごめんなさい。うめの花がとてもきれいだったので、すこしもらってかえります」
 
私たちは匿名のノートの切れ端をポストに入れ、そんなに高さのない梅の枝をぐりぐり折って切り、数本ずつそれぞれの家にもらって帰った。
 
その日持ち帰った梅を見て、母が何と言ったかは定かではないけれど、梅は数日甘い香りと共に部屋に飾られていたような気がする。Aちゃんちではどうだっただろう? 怒られただろうか? それも、もう忘却の彼方だが、後日さらに驚くことが起こった。
 
翌週の月曜日の朝の全校集会で、校庭に整列する私たちを前に校長先生が話し出した。
 
「この学校の帰り道、梅の木を折った子がいるそうです」
 
え、何? ま、まずい! 私は頭を垂れた。後ろに並んでいたAちゃんが背中をツンツンしてきた。周りはざわざわしている。
 
どうしよう。謝らなくちゃ……
泣きそうになった次の瞬間、校長先生はこう続けた。
 
「梅を折った子は、きれいな梅の木を折ってごめんなさいと、お留守のおうちにお手紙を入れたそうです。梅の木のおうちの人から、黙って持って行かず、ちゃんと断りを入れてくれたことにお礼の連絡がありました。偉かったですね」
 
その後、校長先生が話をどう続けたのかは記憶にないけれど、何とも言えない照れ臭さと居心地の悪さの中、Aちゃんと私は安堵しながら、集会が終わった後に担任の先生のところに告白しに行った。その時の、先生がどんな反応をしたのかも、もちろん覚えていない。
 
ただ、春になると「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」ということわざに初めて触れた時、切ったのが梅でよかったなぁとつくづく思ったことと、あの日のほのかな香りと小さな大冒険が、心の中に必ずよみがえってくるのだ。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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