メディアグランプリ

白い花


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小松 鈴(ライティング・ゼミ2月コース)
※この作品はフィクションです
 
 
ある異国に暮らしていた少女の話をしましょう。
少女の暮らす国は、長い間戦争をしていました。毎日のように爆撃音や銃声が響き、それにすら人々は慣れてしまっていました。
戦争が始まってすぐ、少女のおとうさんは戦場に行きましたが、間もなく足を負傷し「使いものにならなくなった」と家に戻されました。
少女のおかあさんは、たまたま出かけた先で空襲を受け、亡くなりました。
 
少女のおとうさんは、動かなくなった足を引きずりながら、毎日のように白い花を植えていました。たくさんの白い花が咲いているので、少女の庭は雪をかぶったように真っ白になっています。
「おかあさんが好きな花だったからね」おとうさんはそう言って、手に持っていたハサミで茎を一本切り、少女の髪に挿しました。「それに、お前が迷子になっても、この花があれば家が分かるだろう?」
少女は笑顔でおとうさんに抱きつきました。少女が笑うとみんなが笑うので、少女はいつも笑顔で過ごすようにしていました。
 
ある日少女が友だちと遊んでいると、突然目の前に大きなトラックが止まりました。中から数人の大人が降りてきて、少女たちを猫の仔のようにつまみ上げると、幌の付いた荷台に放り込みます。中には少女と同じ年頃の子どもが数人いました。自分の意思ではないことは、泣いている子、震えている子の様子で分かります。
少女はその時、髪に白い花を挿していましたが、投げ込まれたはずみで髪からはずれ、地面に落ちました。手を伸ばしても届くはずもなく、トラックは少女たちを乗せて走り出しました。
 
連れ去られた先で、少女達は少年兵になるための訓練を受けることになりました。重い銃を持たされ、人に見立てた板に撃ちます。上手にできない子、射撃の反動でひっくり返る子は容赦なく大人から殴る、蹴るの暴行を受けます。少女は何度も何度も暴力を受ける内に、泣くことを忘れ話すことを忘れ、笑顔を忘れました。
 
数ヶ月後、少女は初めて戦場に立ちました。こちらに向かって来る大人に照準を合わせ、一撃すると、大人は簡単に斃れました。
「よくやった」側にいた大人は、少女の肩を叩いて笑いました。
「悪いことをした、なんて思わなくていいからな。俺たちは正しいことをしているんだから」
少女は何も言わず、倒れた大人の方向を見ています。その瞳は何も映していませんでした。
 
長い月日が経ちました。戦争は終わらず、少女は毎日のように人を殺しました。あのとき一緒にトラックに乗せられた少年少女たちはもう誰もいません。敵国の大人に殺された子だけではありません。ある子どもは地雷原を歩かされ、ある子どもは肉の盾として最前線で弾除けに使われました。少女は何も言わず、大人の言う通りに人を殺し、ときには逃げ出そうとする少年兵らまでも殺しました。
少女の銃の腕前は次第に大人をも凌ぐようになりました。大人たちは少女のことを「戦場の女神」と呼び、少年兵らは「戦場の悪魔」と呼びました。
どれだけ褒め称えられようとも、憎まれ罵られようとも、少女は何も言わず、少女の瞳は何も映しませんでした。
 
ある日、少女は瓦礫の中を歩いていました。もとは市街地だったのでしょう、建物の残骸が無惨に残り、銃撃戦に巻き込まれた死骸がそこかしこにありました。見慣れた光景を表情も変えずただ黙々と歩く少女は、ふと視界の端に白いものを見ました。空さえどんよりと曇り、灰色の世界の中、それは一条の光のようにも見えます。
近寄ってみると、白いものは花だということが分かりました。
瓦礫の向こうをひょいと覗いた少女は、息を呑みました。
白い花が、一面に咲いています。視界いっぱいを覆う、白、白、白。そこだけは硝煙のにおいがなく、清められたような静謐な香りに満ちていました。
花畑の真ん中に、場違いな瓦礫が見えます。少女ははっとしました。すっかり様変わりしていて気づかなかったのです。ここは、少女が暮らしていた家でした。
 
『お前が迷子になっても、この花があれば家が分かるだろう?』
 
おとうさん。少女は口唇だけを動かして、愛した父を想いました。瓦礫は人が住めるような状態ではありません。おとうさんはどこかに避難したのか、いえ、きっともう生きてはいないでしょう。少女が帰ってくるのを待ち、白い花を植えている光景が目に浮かびます。
 
ガチャン、と少女が肩にかけていた銃が重い音を立てて落ちました。膝がかくんと崩れ、少女はその場にくずおれます。両の目から、大粒の涙がこぼれ落ちました。
ああああああああ……
少年兵になってからは一言も声を発することがなかった少女の喉を震わせたのは、慟哭でした。
 
『俺たちは正しいことをしているんだからな』
 
何度、大人たちに言われたでしょう。
でも、正しいこととは何か、なぜ少女たちは殺し合いをしているのか、少女は、殺された少年兵たちは、少女が殺した人たちは何のために生まれ、死んだのか。殺されるために生まれてきたのか。それを答えてくれる大人は誰もいませんでした。
ぼろぼろとあふれる涙が、白い花に落ちかかります。少女は地面に伏して、両腕で抱けるだけの花を抱きました。獣の咆哮のような泣き声は、殺された少年兵、自分が殺した敵国の大人や逃げ出そうとして手にかけた少年兵らに対する謝罪の言葉だったのかもしれません。
 
遠くで銃声が聞こえます。また戦闘が始まったのでしょう。
しかし、少女は立ち上がりませんでした。銃を手に取ることもしませんでした。少女の手には白い花を抱えていたので、これ以上のものを持つことができなかったからです。
やがて、遠くから足音が聞こえました。少女は顔を上げ、涙を拭きました。目の前の白い花を一本手折ると、もつれた髪に挿します。
足音の聞こえる方向を振り返ると、少女よりも幼い、浅黒い肌をした少年が立っていました。おそらく初めて前線に立ったのでしょう。びくびくとした足取りで、少女と目が合うと驚愕の表情で慌てて銃を構えました。
その気になれば、少女は自分の銃を手にとって、ためらいなく撃ち殺すことができたでしょう。けれど、少女はそうしませんでした。ただ、少年を見つめていました。
少年の撃った銃は、見事に少女の体を貫きました。白い花畑に、少女は倒れます。
銃を抱きしめ、逃げるように駆けていく少年を、花の合間から見送ります。きっとあの少年は、野営地に帰ったら大人に言われるでしょう。『お前は正しいことをしたんだから』と。
白い花に、少女の紅い、あかい血が広がります。清らかな花の香りに混じって、少女の血のにおいが合わさります。
呼吸が浅くなり、手足が冷たくなっていきます。少女がふと目を上げると、先ほど髪に挿した花が、目の前にありました。これほどの血が流れているというのに、その花は不思議なほど、一滴の血にも汚されていませんでした。
こわれものを守るように、少女は白い花に触れました。そのとき、少女は笑っていました。確かに、笑っていました。
そして、かすかな声でつぶやきました。
 
「ただいま、おとうさん」
 
その声は銃声にかき消され、誰の耳にも届きませんでした。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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