「一緒に食事する相手によって、料理は味変する」
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記事:ちえみちえ(ライティング実践教室)
「私が作った料理が全てまずいのよ」
テレビで観た某バラエティー番組のインタビューをされていた女性の発言である。
「日常生活で未解決になっていること」というインタビューに何人かがそれぞれの悩みを打ち明ける。その中で、東京で一人暮らしをしている50代後半の女性がこんな悩みを打ち明けていた。
どれくらい「まずい」のか?
早速、番組スタッフがその女性の自宅にお邪魔し料理を作ってもらい、一緒に食べて、未解決を解決するという企画だった。
女性がスタッフのために味噌汁を作った。
「お味噌汁、すごく美味しいですよ」
スタッフが絶賛する。
「本当だ! すごく美味しい! そうか! 今までひとりで食べていたから美味しく感じなかったんだ……」
女性は涙を流しながら、自分で作った味噌汁をスタッフと一緒に食べて、感激していた。
現在、50代前半で一人暮らしの私は、その番組を観て、思わず共感してしまった。
彼女ほど重症ではないが、時間をかけて手の込んだ料理を作って、一人で食べた時、心から美味しいと感じたことが少ない。
一緒に食べてくれる相手がいるからこそ、作り甲斐があり、作った料理が美味しく感じられる。
一人で食べる食事は寂しい……。
では、誰かと一緒に食事をすれば、誰と食事しても美味しく感じることができるのか?
先日、行きつけの居酒屋に一人で入り、キンキンに冷えた生ビールで喉を潤しながら、好きな料理を注文し、食事をしたときのことである。
「一人ですが、席は空いていますか?」
40代と思われる男性が店に入ってきて、カウンターで私の隣りに座った。
その男性も私と同じ店の常連客ではあり、顔は知っていたが、ほとんど話をしたことがなかった。
男性は生ビールを注文し、枝豆を食べながら、唐突に話し始めた。
「ずっと前に住んでいたマンションのエレベーターの近くで異臭がして、何日か経っても異臭がするから管理会社に連絡したんだ。各部屋を調べてもらったら、人が孤独死していて、本当にびっくりしたよ。その匂いというのが、言葉で説明できないくらい酷いんだよね……」
食事中にいきなりそんな話をされて、私は食欲をなくしてしまった。
愉しくお酒を吞みながら食事をしたかったのに、気分が悪くなってしまった。
食べていて、粘土のようなものを間違えて口にしているような、舌の感覚が残る……。
場の空気を読めない人は世の中に多くいる。
人それぞれ個性があって、その男性は、もしかしたらウケ狙いでそんな話をしたのかもしれない。
でも、会話は死体の話などではなく、最近観た映画やテレビの話、これから一週間の天気の予想……些細なことでも良いのだ。
隣りにその男性が座り、場をわきまえない話を聞くだけで、料理はまずくなってしまったのだ。
一緒に食べる相手がいたら誰でも、食事が美味しく感じられるわけではないことがわかった。
居酒屋で隣り合わせになって一緒に話す人によって、料理は味変するようである。
また、私にとっては、自分自身が作った料理を、自宅で「気心が知れた大切な人」に振る舞い、一緒に食事をする時間は、「このまま時間が止まってほしい」と思ってしまうほど、幸せな時間になる。
目の前に「すごく美味しい」と言って、食べてくれる人がいるからこそ、作り甲斐がある。
「美味しいね」と言って、一緒に食事する相手によって、その料理は美味しく味変する。
約3年前からのコロナ禍で、感染予防のため、人と食事することをなるべく避けるように「孤食」「黙食」を推奨されたが、これからは、少しずつ人と一緒に食事する回数も増えていくだろう。
場をわきまえた会話をするよう心掛けたいと、強く思う。
昨日、再び、行きつけの居酒屋に行ったら、死体の話をした同じ男性が一人でいた。
先に入ってくれていて安心した。
前回同様、隣りに座られ、不快な話をされたら耐えられない……。
私は避けるように、別の席に座り、愉しく他の常連客と会話をしながら、美味しいお酒と食事をいただくことができた。
その男性の隣りには、皆、敢えて避けているのかわからないが、誰一人座っていなかった。
おそらく、私と同じように、不快を感じる会話を他の人にしていたのかもしれない。
これからの人生も食事は生活の中で大きなウェイトを占める。
一人で食べることがあっても美味しく食べたい。
一緒に食べる相手がいたら、もっと美味しく食べたい。
料理の質も大切だが、食事をする時の周りの環境はもっと大切であり、時に、調味料を加えなくても味変するのである。
***
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