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親についての、複雑で一途な私の子供心


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記事:ハタナカ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「この世で特別なのは親子の関係だけなんだよ。お父さんにとっては、お母さんも他人だよ」
自分に言い聞かせるみたいに父は呟いた後、珍しく緊張している空気を感じた。嫌な予感がした。
「お母さんと離婚しようと思うんだ」
それを聞いた瞬間、私の中で今にも爆発しようとしていたものがスン……と萎んでいった。
 
その帰省は最悪だった。
父方の祖父母が体力あるうちに親族で最後の旅行をすると言うから、ほぼ強制的に帰省を強いられ嫌々帰った。しかし当日、驚いたことに母は家で留守番だった。
見送り時の「お母さん、誘われなかった……」と言う母の泣きそうな顔は苦しかった。
旅行中はもっと最悪だった。食事の席で着席した瞬間、
「水くらい持ってきたらどうなんだ! お前は本当お母さんに似て、女のくせに気が利かんな!」
と父に怒鳴られた。この時私は二十歳である。周りの目が恥ずかしくて悔しくて耐え難かった。
来るんじゃなかった、もう二度と帰省するもんか。
そう決意した帰り道のことだった。
 
それから父は堪えていたものを吐き出すみたいにとめどなく母への愚痴を吐いた。
恋愛は判断能力を鈍らせる、お母さんは自分のことばかりで全然支えてくれなかった、結婚して10年くらいまでは本当に楽しかった……そんな言葉の数々に私は何も言えなかった。
駅に着いて車を降りた時、何か言おうと考えて、でも自然と漏れたのは
「やっぱり、お父さんとお母さんは仲が悪かったんだね」
の一言だけだった。
 
帰りの新幹線でぼーっと考えた。中学生くらいまでは両親のことが好きだと当たり前に思えていた。でもいつからだろう、気づけば家族で集まる時間は少なくなっていってて、私が高校生の時に2人が会話してるのを見かけた時「珍しいな」と感じて心がざわついたのは印象に残っている。
 
そっか、離婚するほど仲が悪かったんだ。
 
言葉は鏡のように私の心を映していたらしく、私は両親の仲が取り返しがつかない程悪いことに一番ショックを受けていた。
 
その日の夜、元々会う予定だった先輩の家で泣きじゃくった。人としてたくましい姉御のような人で、私は全部をぶちまけた。
「お父さんは、子供だけは特別って言ったけど、私にとってはお父さんだけじゃなくてお母さんも特別なのに、お母さんは他人って言われて、それが辛くて……」
そんなことを言った。言ってから驚いた。私はあんなに関わるのが苦痛だと思っていた両親を、どうやら特別だと思っていたらしい。
 
振り返ってみると父に「お母さんみたいになるな」と言われ、母に「アンタにはお父さん優しいからね」と言われるようになったのが耐えられない程苦しかった。
でもそれは私の「特別な人」が私の「特別な人」を苦しめていて、でもどちらの味方にもなれない板挟みが辛かったんだ。そう気づいた。頭でいくら考えても分からなかったことを、自分の言葉に教えられた。この日の言葉はずっと鏡だった。
「許せるようになりますかね」
私がそう聞くと先輩は
「今すぐは無理だと思う。でも結婚して子供を産んで子育ての大変さが分かるようになれば、その時は許せるようになると思うよ」
と答えた。3つしか学年が変わらないのに一体この人は人生何周しているんだろと思ったが、その言葉は私の心に深く残った。
 
それから自分の気持ちの置き場を探して恋愛や結婚について沢山考えた。ありがちな恋愛コラムのネット記事から、愛についての哲学書まで幅広く読んだ。何度も泣いて、色んな人にも沢山相談して、ある意味人生で一番恋愛脳だった。
その間、両親は別居の手続きを進めた。周りの目があるから正式な離婚は別居が落ち着いてから、らしかった。
そんな日々の中で父がどこか寂しそうに、私や兄が帰省したタイミングくらいは4人で集まろうと言ったが、私はそんな形は余計に苦しいから嫌だと思っていた。
 
そんなこんなで一年ほど経った。両親は別居し、私もようやく気持ちに整理がついてきた時だった。長年まともに稼働しなかった家族lineに写真が送られた。
父と母が旅行に行っていた。
どうやら最後に昔みたいに旅行しようというので行ったらしい。
 
……は?
 
再び情緒がおかしくなった。
一緒に暮らすのは無理なのに旅行には行けるのか、あんなに話さなかったのに今頃になって普通に会話してるのか。ふざけるな。どれだけこっちが苦しんだと思っているんだ。
怒りがわいた。訳が分からなくなって涙が溢れた。
驚くことに別居してからの両親はここ数年で一番普通に会話するようになっていった。旅行はそれが最後にはならずたまに2人で行くようになり、一度私が帰省した時もまるでまともな夫婦で違和感すらあった。
 
私があれだけ望んでもやらなかったことを、今更やるのか。
 
家族や親でさえなければ、恋人みたいな距離感でなければこの2人は仲良く出来ないように見えて、私はどうしても許せなかった。
 
そんな関係のまま半年ほど過ぎたある日、両親が兄を連れて私の家に来た。有名なお祭りがあるから一度くらいは見ておきたいという理由だった。何度も来ないでと言ったが無理やり押し切られた。
近場の温泉に入り、父と兄が戻るのを母と待っていた時、会話の流れで母がぽつりと言った。
「でもね、お母さんも反省した。ドラマとか色々見てた時に、お母さんも我儘だったんだなって……」
自分は悪くないってスタンスが基本の母だったからその言葉に驚いた。それが私に媚びるみたいでもなかったから、多分本心なのだと思った。
その数ヶ月後くらい、父に「結局いつ離婚するの」と聞くと少し言い淀んで、
「やっぱ離婚しないことになりそう」
と言われた。言葉には出さないけど多分この人も反省したんだろうと思えた。ようやくお互いに歩み寄ることをおぼえたらしかった。
 
それから腹立たしかったり鬱陶しかったりすることも多々ありつつ、少しずつ私の中の許せないという気持ちが減っていった。何度も不安になりながらも、何年もの時間をかけてようやく2人の変化を受け入れられるようになれた。
気性の荒かった父は驚くほど落ち着いたし、母は母で前よりは人の話に耳を傾けるようになり、2人は再び同居を始めた。1年前のことである。
こうして我が家の長い冷戦は終わった。
 
終わってみれば良くも悪くも、親という存在は特別なのだと思い知らされ続けた数年間だった。
2人に子供さえいなければこんな一悶着は起きなかったように見えて苦しくなった時もあったけど、2人の関係が修復できたのは2人に共通の特別な子供がいたからな気もしている。
それは2人の子供としての、ただの私の願望かもしれないけれど。
 
つい先日、母が「お父さんに映画誘われて行くんよ。もうびっくりした、何十年ぶりよ」といった話を気恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに私に報告をしてきた。私は素直に良かったねと思えた。
きっとそれだけが私が何年も望んでいたものの全てで、ようやく手に入れられたのだと実感した。
 
出来ればこのままずっと平和でいてほしいと、今も心から祈っている。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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