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退職願はラブレターだったんだ

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記事:藤野宏隆(ライティング・ライブ京都会場)
 
 
一身上の都合により退職。
 
「退職理由(具体的に)」と書かれた大きなフリースペース欄にはわずか11文字、長さにして10センチに満たない文字数でそう記載されている。ワードで入力された無機質な文字。そこには字面以上の意味合いを読み取らせようとしない独特の雰囲気がある。
「またか」と思いながら、私はその退職願を今までもそうしてきたように、自分が担当する手続きを済ませ、確認印を押して、回覧する。
 
人事課で働く私のもとには退職を願い届け、受理された社員の退職願がそれぞれの部署から送られてくる。これと同じ見た目の退職願をどれほど見たことだろう。
もちろん、提出者はすべて別の人だ。年齢も、性別も、勤続年数も、部署も違う。まったく同じ人などいない。しかし、退職理由は示し合わせたかのように同じ言葉が書き連ねられている。一身上の都合により退職。今までその言葉について特に深く考えたことはなく、何も気にせず受け流していた。しかし、最近、その言葉の後ろにはたくさんの思いや悩みがあるのだと、気付かされる出来事があった。
 
私自身が、退職願を書いたのだ。
 
私が今の会社を退職しようと考えた理由は、今の働き方のままで今後も働き続けることに不安を感じたからだ。
今の会社に新卒で入社した私は、入社以来、経理と人事と主に企業の管理部門を経験してきた。当初から希望していた管理部門で業務を続けてきたので満足していたのだが、最近になって将来のキャリアを考えたときに不安に思うことが増えた。
 
終身雇用の時代は終わりがささやかれ、大企業であってしまえば安泰だという考えは通用しなくなり、個々人のキャリアについての不確実性は高まってきている現代。2人に1人が転職を経験している時代となり、転職をして自らの市場価値を高めることがこれからの社会を生き抜くために必要だとも言われるようになった。さらには、人工知能などの最新技術の発達により、会社どころかそもそも今ある職業が今後も存在し続けるかどうかもわからない。
そのように不確実な社会の中で、今まで1社しか働いたことがない、しかも管理部門として社内の人としか働いたことがない自分の市場価値が相対的に低くなっているように感じて不安を覚えたのだ。
 
そこで、私は転職活動を始め、数社から内定を獲得することができた。そして、退職願を書いたのだ。退職理由は、「一身上の都合により退職」。
 
提出するためにプリントアウトした退職願に並んでいるその文字を見て、私は思った。
「私の退職の理由はこれか? 転職に至るまでにたくさんの不安や葛藤や悩みがあっただろう。この言葉はそれを表せているか? 何よりも、会社に伝えるべきことを伝えているか?」
 
そう思った私は退職理由を書き直した。白紙の退職願をプリントアウトし、自筆で書き込むことにした。管理部門で社内の人としか仕事をしたことが無いこと、かといってマネジメントの経験があるわけでもないこと、そのような状況で今後、自分自身が今の会社に限らず幅広い環境で通用するか不安なこと、現場に触れる仕事を経験しておきたいこと。自分が転職をしようした理由とその背景にある自分の思いを文章にして書き綴った。よくある退職願の1つとして埋もれないために書いたその文字数は700文字にも及んだ。
 
その退職願を持って上司に提出し、面談をすることになった。その面談の中で、会社としても会社と私個人の将来を見据えて現場を経験させる計画を構想していたこと、それはあと数か月もすれば公のものとなることが告げられた。私が持っていた危機感と会社の私に対する考えは同じ方向を向いているということが分かったのだ。
結果として、私は転職するのではなく、今の会社で新しい経験を積むことを選択した。
 
私自身が自分の退職騒動を振り返って、気付いたことは、「一身上の都合により退職」という言葉の後ろにはその本人しか知らない不安や不満から生まれた具体的な理由が必ずあるということだ。
もちろん、自分の身の上に関するプライベートの変化が理由だから深くを語りたくない人もいるに違いない。しかし、中には自分の不安や意思を会社に対して正直にぶつけることを面倒臭がったり、怖がったりして、一身上の都合としか書かなかった人もいたのではないかと今の私は考えている。
 
会社に別れを告げるために退職願を書く。でも、退職願は離婚届みたいなものでは無いと私は思う。だって、自分の気持ちだけに沿って、退職を願うだけなのだから。
それよりも、私は退職願はラブレターだと考える。自分が思っていることを言葉で相手にできるだけ正直に伝える。自分が会社に入ってから今までの過去と、自分が今の会社でこれからどのように働いていくかという未来の両方を考えて、会社との未来を想像して描く恋文だと思う。そこでお互いの未来を想像出来なかったら、別れを告げればいいじゃないか。でも、その前に未来を共有してみるのはどうだろう。実際、私の場合は会社と考え方は一致していたのに一方的に辞めてしまうところだった。結婚のタイミングが合わずに別れを選んだカップルみたいなものだったのだ。
 
そんな風にして、カップルとしての試練を1つ乗り越えた私のもとには今日もまたひとつ、似たような退職願が送られてくる。
 
 
 
 
***
 
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