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「本当の優しさ」と「必要な傷つき」

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:堀部 佳野乃(ライディング・ゼミ2月コース)
 
 
数年前に訪れた、ある美容室での会話が印象に残っている。
以下はカット施術中に、わたしと美容師さんがしていた会話の一部である。
 
「お客様は学生様ですか?」
 
「いえ、違います」
 
「では、働かれているのですか?」
 
「いえ、働いてもいないんです。今、18歳なんですけど、体調を壊してしまって自宅療養しているんです」
 
「そうなんですね、それはしっかり休まれてくださいね。ゆっくり進んでいけば大丈夫ですよ」
 
「ありがとうございます。確かに、一度進路について考える期間を与えてもらえたとも思っているので、前向きには捉えられています」
 
「確かに、一度見直すのは大切なことですよね」
 
「周りの友達は、目的も無いのに何となく大学に進んでいるから、それはどうなのかなって思いますね」
 
「でもその周りの友達の進路も、間違ってはいないですよね」
 
わたしは、最後の美容師さんの言葉にすごくハッとさせられたことを、今でも鮮明に覚えている。
 
美容師というのは接客業であるから、お客のご機嫌を取ることを優先している美容師さんが多いはずだ。
「ですよね~」
という同意の相づちは、お客との関係を良好にし、仕事を円滑に進めるために必要不可欠だろう。
しかし、そのとき出会った美容師さんは違った。
 
当時感じていた「周りの友達と比べて、自分は大学に行けていないコンプレックス」から生まれたわたしの発言に対して、ただ同意するのではなく、そして否定もせず、わたしの行き過ぎた考えを正しい方向に軌道修正してくれた。
美容師さんは、その場の成り行きの答えではなく、わたしと真摯に向き合って会話してくれていたからこそ、そのような言葉が出てきたのだろう。
 
わたしは、これが「本当の優しさ」なんだと気づいた。
 
もう一つ、印象に残っているエピソードを紹介したい。
 
わたしの親友が、SNSに特定の誰かへの不満をぶちまけていたことがある。
 
その親友は当時セキセイインコを家で飼っており、家族の一員としてとても大切に育てていた。
しかし、そのセキセイインコが病気がちになり、もう先が長くないという状況だった。
 
「『平均寿命は生きられたんだから良いじゃん』
 
この言葉にめっちゃ傷ついた。
 
そうゆう問題じゃないんだよ!」
 
おそらく、大切な家族であるセキセイインコを失ってしまうかもしれない辛さを、誰かに相談したときに言われた言葉なのであろう。
相談された相手は、良かれと思って、励ましの気持ちを込めて、その言葉を発したに違いない。
親友は「そうだね」と同意の愛想笑いをして、傷ついた感情に蓋をし、家に帰ってからこうやって怒りをSNSにぶちまけているのだ。
 
わたしは、これを見たとき、もし自分が親友から相談された立場だったら、自分もその言葉を言ってしまいそうだと強く感じた。
他人事とは思えなかった。
むしろ、そのSNSの投稿内容は自分に言われているような気がした。
 
当時のわたしは、人間以外の動物を家族同然に愛した経験なんて無かった。
だから、平均寿命まで生きられたのならそれで良いのではないか、という考え方に何も違和感を感じなかった。
 
おそらく、それを言った相手は、今頃何も知らずにいつも通りの生活をしていて、この先もそれを知らずに生きていくんだろうな、と思った。
また、SNSにしか本音を明かせなくなった時代を少し悲しくも思った。
 
今ではわたしにも、家族同然に愛している犬がいる。
自分の大切な家族が「平均寿命」というただの数字である型にはめられて、捉えられてしまうのは辛い。
これは、自分自身が経験したからこそ理解できたことだ。
 
しかし、人間の経験には限りがある。
わたしは、大切な人を傷つけたということを知らずに生きていくなんて絶対に嫌だ。
もし、その時に自分が大きく傷ついたとしても、自分が知らなった感情に気づく機会であるのなら、本気で怒ってほしい。
 
そう強く思った。
 
人間関係を築く上で、相手を傷つけることはタブーとされているが、実は「必要な傷つき」というのは存在するのではないか。
本当に大切に思っている相手になら、深い関係を築きたいと思っている相手になら、本音をぶつけるという大きなエネルギーが必要であることだとしても、その労力をかける価値はあると思う。
 
それで離れていく人は、自分には必要のない人だったのである。
ただそれだけのこと。
 
だがもし、「必要な傷つき」を「本当の優しさ」だと捉えてくれる人なら、それが本当に大切にすべき相手なのだろう。
 
他人を傷つけずに生きられる人なんていない。
自分自身が傷つけられた経験は一生忘れないが、逆も然りで、自分が忘れているだけで相手にとっては一生癒えない傷を負わせている可能性は十分にある。
 
生身の人間関係はどんどん上辺だけの希薄なものになり、SNS上にだけ本音が語られている世界になってしまうのは、とても悲しいことだと思う。
 
「本当の優しさ」はその場をしのぐ同意だけではなく、本音をぶつけ合うことで生まれる「必要な傷つき」というものもあることを知っているだけで、人生はもっと豊かになるはずだ。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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