神宮の守り神
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊江竜一(ライティング・ゼミ12月コース)
*この記事はフィクションです。
皇居の地下には相撲の土俵のように土をきれいに整えた祈祷の部屋がある。
天皇陛下は日本の象徴としての存在であることは知られているが、神国日本における全国の神社の総帥として神を祀る頂点にあることはあまり知られていない。
毎朝のご祈祷を終えた天皇陛下に、山中侍従長からの報告がなされた。
「陛下、伊勢神宮の生方さんからの報告です。研究所での実験は成功したそうです」
「そうか、ついに成功したか。これで日本を守ることができる」
「ところで無事に消すことはできたのですか」
「はい、陛下、研究室では成功しましたが、実際には伊勢湾の海上花火大会で実施します」
「くれぐれも事故のないようにお願いしますよ」
陛下からは慎重に慎重を期すよう指示がなされた。
伊勢神宮で開発された次世代技術は日本の国防上の最高機密としてすすめてきたもので、核兵器の攻撃に対する防衛システムである。政治家、官僚は誰一人関与せず、自衛隊の幕僚長のみが認識している。伊勢神宮は一般人、マスコミはもちろん、警察はおろか、宮司でさえも入れない聖域が多く、極秘の研究開発を行うには都合がよい。資金は全国の神社からの寄進によってまかなわれ、エリート科学者が人と会うことのない伊勢神宮の杜で最先端の研究をしていて、生方はその責任者だ。
伊勢神宮の杜にある法仏殿の地下にある研究所では、皇居とオンラインで結び、生方による実射実験に向けての説明が行われていた。
「25年の歳月をかけて、ブラックホールの生成と保存の技術を確立しました。万が一日本が核戦争に巻き込まれたときに、ブラックホールで核爆弾を消し去ってしまうという技術です。コードネームは、すべてを消し去ることから「デリート」と命名しました」
「実用化に向けての実験はどうやってやるんですか、自衛隊も関与できないし、日本には人里離れた場所がありませんよ」
「今年の8月26日、伊勢湾の海上花火大会で花火を核爆弾に見立てて上空で消し去る実験を行います。3500発目の花火の打ち上げ直後にデリートを発射しますが、デリートの後には数十発の花火が続けて打ち上げられますので、おそらく誰も気づかないでしょう」
「そんなことして危険ではないでしょうか、事故が心配なんです」
陛下は安全のことが気がかりで仕方ない。
「今回は超小型のものなので、半径50mくらいまでしか吸い込めません。吸い込みながら消えてしまいます。それから海上の空高くで行いますので花火以外は周りにありません。万が一おちても下は海で、漁船も花火の時には絶対に近寄りません」
「高さはどのくらいで作動するのですか」
「だいたい250mから300mの高さになります。海上の離れたところで行いますので、花火師もふくめて市民に迷惑が掛かることはありません」
「しかし、本当に消し去ることはできるのですか」
「実験室では1kgのバーベルと、燃え盛るたいまつを一瞬で消してしまいました。一番苦労したのは保存と統制の技術で、小型のブラックホールを閉じ込めて、解放すると吸引をはじめ利用にするのに20年以上かかりました」
「吸い込まれて消えてしまったものが再び現れる心配はありませんか」
「恩赦のない無期懲役のようなものです。吸い込まれたたものは、そのまま消えることなく時空をさまよいますが、木星が吸い込まれるくらいの強力な重力がぶつからない限り、この世に現れることは理論的にありません」
8月も終わりの土曜日、伊勢神宮から9kmほどにある伊勢湾では恒例の花火大会が開催されようとしていた。8500発の花火はいまや花火師によるコンピュータ制御で打ち上げをまっている。
「ドーンドーン」という始まりの音と、会場のアナウンスが入ると、10万人の観光客は一斉に夜空を見つめた。つぎつぎと色とりどりの花火が夜空を彩っていく。
浴衣姿の女性客も、綿菓子を売る屋台の兄さんも、色とりどりの夜空に心が吸い込まれていくようだった。
つぎつぎと打ちあがる花火も佳境に入り、最初の仕掛け花火が消えかかると、再び花火の連射が始まった。いよいよだ。
おおきな尺玉の連射がはじまると、ついに順番がまわってきた。
3500発目の10号玉が「ヒューー」という笛の音を出しながら花火が上がっていく。花火には笛が付いていて、打ち上げられると音が出るようになっているのだ。しかし、デリートには笛はついていない。直後にデリートが打ち上げられ音もなく花火を追いかける。300mくらいで花火が「ドパーン」という音で広がった瞬間だ。デリートに破裂の信号が送られた。
闇夜の中でブラックホール・デリート1号は初めて空気を吸うように窓を開けられたのだ。
全てが真っ暗になった。緑と黄色の花が咲き誇ろうとした瞬間に、テレビのスイッチが消えたように音もなく夜空が漆黒になったのだ。
デリートは空中で夜空に開く大輪を吸い込むと、すぐに消滅し、再びたくさんの花火が夜空を埋め尽くした。
「アレッ アレッ 消えなかった?アレッ」
「きっと失敗花火だったんじゃないの」
「あそーっか」
知らないということは幸せなことだ。全てをなきものとする悪魔の掃除機がこの世に生まれた瞬間に気づくものは誰もいなかった。
皇居で映像をご覧になられた陛下は侍従長にも聞こえない小さな声でつぶやいた。
「天照大神を隠してしまうほどの神を作ってしまった。願わくば一度も世に出すことなく、永遠に神宮の杜でお休みいただけるようにしておきたいものだ」
天皇陛下は今日も国家安泰を願い祈祷を続けている。
***
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