メディアグランプリ

「新しい春」

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:芙美(ライティングゼミ2月コース)
 
 
8年前の春、私は大手電鉄会社の契約社員の職を辞して、メーカーに勤務する配偶者の海外転勤に家族で帯同し、同年夏にアメリカ中西部に居を移した。
40代半ばの夫と30代半ばの私、小学校に上がったばかりの女の子とかわいい盛りで手がかかる男の子の4人家族。
 
家族の形にもし春夏秋冬があるとすれば、新婚の春が終わり、子どもが生まれて初夏を迎え、子育てから卒業を迎える実りの秋、そして雪が降り外が寒いので二人で家の中で穏やかに過ごす冬に喩えらえれるのではないかと思う。
今振り返れば、あの時の私たち家族は、梅雨が終わり、まさに初夏を迎えるころで、気力も体力も最も充実して、幸せと希望に満ち溢れている季節だった。
 
外国で生活するのが私の長年の夢の一つだったし、そのために10歳年上の夫を献身的に支えて励ましてきた。
自分自身もこのまま契約社員として働いて限定正社員となれる道も見えていたが、仕事内容に自分の成長も感じられず、この辺りで人生のステージをリセットしておきたかった。
私自身も好きだった英語も磨いて、外国で働く力も身につけようと考えていた。
だから夫に海外転勤の辞令が出たときにはとても嬉しかったし、私たち家族の未来はもっと幸せに満ちたものになることを信じて疑わなかった。
 
 
 
 
そんな未来を夢見ていた私は2023年現在、大手不動産会社グループに所属し、西新宿のオフィスビルの25階で働き、法人営業担当として大手法人を担当している。
またありがたいことに上司や顧客からの評価を得られて、この春マネージャーに昇進した。
 
ここまで来るのに本当にいろいろなことがあったが、すべてもう長い夢だったようにも思え、最近では思い出すのに少し苦労するくらい……霞がかっている。
 
 
 
 
海外転勤になって夫は、日々遅くまで働いた。
アメリカ中西部の朝は早い。
工場勤務の中間管理職だったこともあり、辺りは真っ暗な朝6:00頃には家を出ていた。
時差もあるので、文字通り朝から日付が変わるまで、身を粉にして働いており、その努力は本来であれば報われるべきものだったと思う。
しかし、もともと日本でも上司とのコミュニケーションに難があった夫には、本社から派遣されている日本人上司である工場長が年配の穏やかな男性から年下のきつめの男性に変わった頃から、徐々に異変が起き始めていた。
まだアメリカに来て2-3ヶ月のことだった。
 
会社と家が近いので、昼食も自宅に帰って取る夫のために、毎日おいしくて暖かい日本食を作った。
落ち込んで元気のなさをあからさまに表現する夫を少しでも力づけたかった。
しかし夫は、温かい食事を食べ切ることはなく、半分以上残して床に横たわって休憩時間を費やした。
 
私はいまや外での仕事を何も持たない専業主婦で、子どもの学校の車での送り迎え、幼児のケア、買い物、食事作り、掃除、洗濯、庭の掃除が私の仕事のすべてだった。
子どもたちは可愛かったし、庭にリスやウサギ、鹿まで来るようなアメリカの大自然の中での生活は想像以上に素晴らしくて毎日の生活の癒しだった。
 
それでも、明らかな鬱状態に陥っている夫を支えることは私にとっても非常に苦痛で、日々無力感を味わう毎日が続いていた。
その頃の私は、毎日スマートフォンで「夫 長時間労働 鬱」「海外転勤 夫 鬱」などの検索を繰り返していた。
YAHOO知恵袋で同じような状況にある人が質問し、それに回答している人の内容が素晴らしい時には、スマートフォンでスクリーンショットを取り、何度も何度も読み返した。
 
そしていろいろ調べたり、考えたりした結果、やはり夫が悪いわけではないという結論に至った。
夫は精一杯やっていて、それは身近で夫を見ている私にはよくわかっていた。
長時間労働が常態化しており、これ以上の対応は彼の処理能力を大きく超えているのだろう。
また初めての英語環境の中で慣れない業務を行っており、本当に努力している。
ここまでやっている夫に問題があるというならば、夫の会社に問題があるのだろうと考えた。
彼の完全な味方として傍にいて励まし続けた。
彼が前向きになってくれさえすれば、これ以上のものは望まない。
これ以上出世して欲しいわけでもないし、元々の気質のように朗らかに家族と楽しい時間を過ごしてくれれば、それで良かった。
これを本当に繰り返し繰り返し夫に伝えた。
 
しかし、夫には響かなかった。
再び目に光が宿ることはなく、折り合いの悪い上司からはついに帰国を命じられた。
これは私たちが渡米してまだ半年のことだった。
これは、自宅を引き払い、配偶者の仕事は退職し、子どもを転校させて、家族帯同で来ている海外転勤者に対してはかなりひどい仕打ちだと今でも思う。
私はそのまま海外で転職する選択肢等も考えて、夫と話したが、もう何も聞こえていない様子だった。
 
それから、私はとにかく自分自身で生きていかなくてはと考えた。
帰国後、30代後半に差し掛かる二児の母という立場での再就職はかなり厳しいものがあった。
それでも、もう二度と、自分の人生のかじ取りを人にゆだねないと決めた。
今の私の隣にはもう夫はいない。
そして夫ではなく、元夫、になった。
そして、私の隣にはいないが、元気に働いていけるまで回復した。
 
私たち家族は秋や冬を迎えることなく、暑い夏の真っ盛りに空中分解した。
空中分解して、そしてまた新しい母と子どもたちという家族の形で再生を始めている。
 
私と同じような立場の人がいるならば伝えたい。
あなたは大丈夫です。
誰も悪くないのです。
でも、辛いなら、自分で自分の人生を背負う覚悟を決めて、歩き出して欲しい。
そこからまたあなたの新しい春が始まるのだから。
 
 
 
 
***
 
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2023-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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