メディアグランプリ

いのちの海を掘り起こす時


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:かねこけし(ライティング・ゼミ4月コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
15年ほど前、師走の寒い日に母親が亡くなった。
離婚後、東京23区内にあるマンションで一人暮らしをしていたが、ドアの新聞受けがいっぱいになり管理人が訪ねても返事がないため、様子を見に来てもらえないかと連絡があったのだ。
私が合鍵を使ってドアを開けたが、内側からチェーンがかかっており数センチしか室内が見えない。
 
もしかしたら……と嫌な予感がした。
 
管理人に特殊な工具を持ってきてもらい、チェーンを切断して中に入ると母はリビングの椅子に座り、テーブルに突っ伏した状態で見つかった。伏せていた額と右側の頬が少しへこんで茶色くなっている。
 
何が起きたのかが分からず、思わず口を手で覆った。
言葉なんか出なかった。
 
「とりあえず警察に連絡しましょう」
管理人から言われ、指先を震わせながらどうにか携帯で1と1と0のキーを押し、受話器から聞こえてくる質問にひたすら答えた。
ほどなく交番の警官が駆け付け、その後最寄りの警察署から刑事がやってきた。
 
父親と妹にも連絡してマンションに来てもらった。
簡単に事情を聞かれた後、今後の手続きについて刑事から説明を受けた。事件性はなく、おそらく病死とみられるが、監察医が確認しなければならないため、いったん警察署に母を移すことになった。
 
刑事ドラマが大好きで片っ端からチェックしていた母。警官が聞き込みに来ただけでやたらと胸をときめかせていた母。こんな形で警察のお世話になると思っていただろうか。無駄に喜んでいるだろうか。
そんなことをちょっと考えながらも、お葬式の準備や親戚とのやりとりのあわただしさで、クリスマスも年末年始も過ぎ去ってしまった。
 
お葬式が終わり年を越すと、母が住んでいた部屋をどうするかという問題が出てきた。
父親は再婚し、千葉に住む妹は子供の学校の都合で引っ越しできない。
私は夫と共に神奈川に住み、職場も家から徒歩圏内。東京23区内に住むと逆に不便だ。
 
家族で話し合った結果、売却することにした。
 
その前に、部屋を片付けなくてはならないが、とにかく物が多い。
大きい家具や家電もあるので、家族だけですべてを片付けるのは無理だった。
遺品整理業者に相談したところ前もって写真や思い出の品などを選び持ち出しておくよう言われた。
 
私は休みのたびに母が住んでいた部屋を訪れ、タンスや押入れを引っくり返しては、手元に置いておきたい品物を探した。
 
ある日、仏壇下の引き出しをいじっていると業者が現場調査に来た。部屋をひと通り見回すと、手にぼろぼろの巾着を持って私に話しかけてきた。男性用の弁当箱が1個入るぐらいの大きさだ。
「これ、そこの本棚の隅にありました。中身が現金なのでお渡しします」
受け取ると、ずっしり重い。巾着のひもが腕に食い込むほど。業者がいない所で中身を見たら1円玉と10円玉がぎっしり入っていた。巾着の角はほつれ、今にも破れそう。
さすがにこれを自宅に持って帰るのはつらい。近くの銀行に持ち込み両替してもらったら8千円近くあった。
 
伯母に電話して話したところ
「あの子ね、いつか浦富(うらどめ)海岸に行きたいってずっと言ってたのよ。もしかすると、そのために貯金してたのかもしれないわね」
 
そういえば。母は鳥取生まれだった。
浦富海岸で平泳ぎを覚えたって聞いたことがある。
暑いのはイヤだから夏は北海道で過ごしたいわぁ、なんて言っていたくせに。
 
やっぱり生まれ故郷の海が好きだったんじゃん。
 
そんなことを思ったら急に泣けてきた。
母のいないリビングのテーブルに、大粒の涙が落ちた。
亡くなってから、泣く暇なんてなかった。ずっと気を張っていたから。
 
マンションの郵便ポストやタンスの引き出しから、母宛に届いていた年賀状を持ち出した。
1枚は京都、もう2枚は浦富海岸のある鳥取県岩美(いわみ)町からのものだった。
幼なじみかもしれないと思い葉書を送ったら、封書で返事が届いた。
見ず知らずの娘を名乗る私からの突然の知らせを、驚きと寂しさで受け止めていること、母と浦富海岸で遊んだのが懐かしいこと、そして。
 
「どうかお母様の分まで元気でお過ごしくださいね」
 
会ったこともない、私に対する気遣いの言葉がありがたかった。
また泣けた。
私が母の分まで生きていけばいい。
そう思ったら、泣けた後に元気が出てきた。
 
桜が咲く頃、母の住んでいた部屋は不動産業者に渡った。
 
母は湘南の海が好きで、夏になると私や妹をしょっちゅう江の島に連れて行った。
海を見ていると気持ちが落ち着くのだと言っていた。
母が突然いなくなったのは、荒波がどぶーんと来て去ったのに似ているかもしれない。
 
そして、大きく潮が引いたあと、時間をかけて育った貝が残る。
 
海が誰かのいのちの集まりで、ぷっくりとした貝が誰かの暮らしの積み重ねでできた贈りものであるならば。
 
遺品整理は、私たちがそれを掘り起こして受け取る潮干狩りのように思える。
 
春は、潮干狩りのベストシーズン。
 
 
 
 
***
 
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2023-04-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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