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監督から出された宿題を10年後に提出してみた


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記事:都宮将太(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「母親の手を洗ってみろ」
「……」
高校3年生の夏、当時入部していた剣道部の監督に言われた言葉。正直、まるで意味が分からなかった。これが同級生から言われたのであれば、「お前どうした?」と相手にすらしなかっただろう。だが、監督の言葉に反論などできず、「はい!」と、声だけの返事をしてその場は終わった。
 
「洗ったか?」
翌週、監督から聞かれた。そんな意味の分からないことを実行するはずもなく、「はい! 洗いました」と、その場しのぎの嘘をついた。
「どうだった?」とさらに聞かれ、「特に何も……」と答えた。それに対し「そうか……」とだけ監督は答えた。
 
いったい何だったのだろうか? そのことを同級生の部員に話した。すると、「自分も同じことを言われた」と、その場にいた5人全員が答えた。だが実際に実行したものは一人もいなかった。当然といえば当然だろう。その話題はすぐに終わり、別の話題へと切り替わった。
 
 
あれから10年経った最近、急に監督の言葉が聞こえてきた。聞こえた、という表現は正しくないかもしれないが、直接言われたように監督の言葉を思い出した。「直感は大切にしろ」と何かの本に書いてあった。これも直感だろうと思い、10年前はサボって実行しなかった、監督からの宿題に取り掛かろうと思った。が、母親の手を洗う口実がない。急に「手を洗わせろ」なんて言ったら、間違いなく不審がられる。
 
迷った結果、ちょうど実家に帰省するタイミングだったこともあり、正直に言うことにした。「高校時代、監督から母親の手を洗うように言われた。何故あんなことを言ったのかが気になる」と。絶対相手にされない。そう思ったが、不思議そうな顔を浮かべた後、呆れたような笑顔で同意してくれた。今になって思うと、当時、監督が部員それぞれの母親へ、事前に伝えていたのかもしれない。そんな感じだった。
 
雑談を交わしながら洗面台へ行き、いざ手を洗いだした数十秒後……私は泣いた。
正確には涙が出るのを必死に堪えた。手に刻まれた皺、荒れに荒れた肌。その感触が直に私の手へと伝わってきた。言葉を発したら泣いていることに気づかれる。そう思ったが、母親も気づいたのか、急に無口になった。
時間にしたら約3分ほどだったと思うが、手洗いは終了した。涙目を隠すため顔を洗って誤魔化したが、誤魔化しきれていたかは微妙だ。
 
高校時代は、毎朝6時には家を出て朝練へ向かっていた。地獄のような3年間だったが、同時に気づいた。毎朝当たり前のように鞄にあった弁当。毎月の部費に遠征代。さらには学費。当時は何とも思わなかったが、仕事に家事に育児。私の数十倍、辛い思いをしていただろう。
その場で感謝の気持ちを伝えようとも思ったが、急に恥ずかしくなり、結局何も伝えられなかった。
 
「母親に感謝しろ」
当時、高校生だった私たちに直接言っても伝わらない。監督はそう思い、遠回しに気づかせようとしたのかもしれない。今になって思えば、高校3年生の夏、ちょうど最後の大会が終わる数ヶ月前に言われた言葉だった。3年間、陰で支えてくれた母親の存在の大きさに、気づいてほしかったのかもしれない。
 
監督の真意をどうしても確かめたく、数十年振りに母校へ伺った。監督は10年経った今でも変わらずに在籍しており、当時の思い出や、現在の仕事の話で盛り上がった。話題が無くなりかけ、沈黙になったタイミングで私は聞いた。
「高校時代、母親の手を洗えと言われたの、覚えていますか?」
「ああ。もちろん」
そう言われたため、私は正直に話した。当時は嘘をついてサボっていたこと。最近ふと思い出して実行したこと。そして、恥ずかしながら泣いてしまったことを。
数秒沈黙した後、監督が私に言った。
「あれは、私が学生時代の就職活動中、とある企業の面接官から課された課題だった」と。一次面接でその課題を課され、二次面接で感想を答えるように言われたそうだ。
 
「この企業怪しい」当時の監督はそう思ったが、面接官から課された課題だったため実際に実行したところ、手を洗い出した数分後、母親の前で泣き崩れたそうだ。二次面接でそのことを正直に話したところ、面接官から嬉しそうに、こう言われたらしい。
「恐らく、この課題を本当に実行したのは貴方が初めてです」と。そのおかげか、二次面接は開始わずか数分で通過した。が、最後の社長面接でなぜか不合格となり、仕方なく教師になった、という事実も初めて知った。
 
結局、監督自身も面接官が何故こんな課題を出したのか、その意図は掴めないままだ。しかし、そのお陰で母親に感謝できたのも事実。教師になってからは、この課題を自分が学生に伝えていこう。そう決めたそうだ。
 
「実際に実行して、感想まで聞かせてくれたのはお前が初めてだよ」
監督は言った。今日一番の笑顔だった。
 
 
10年越しの宿題。提出期限など、とっくにオーバーしていた。これが学校の宿題であればゼロ点かもしれないし、提出したところで、受け取ってもらえない可能性だってある。だが、今回に関してだけは点数などどうでもいい。そう思えるくらい、学べたものが大きかった。
 
 
 
 
***
 
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