メディアグランプリ

見知らぬ人からお茶やお菓子をもらう、お接待という文化


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記事:小笠拡子(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「四国88箇所」という言葉を聞いたことはあるだろうか。四国4県にまたがる、弘法大師空海ゆかりの88ヶ所の仏教寺院の総称で、この寺院を巡礼することを「四国遍路」という。菅笠(すげがさ)を被って白装束を身にまとい、杖をついて巡礼をする人々が「お遍路さん」だ。
 
88ヶ所の寺院には1番札所から88番札所まで順番があり、春になると歩いて巡礼するお遍路さんを徳島の町中でも多く見かける。とあるご縁で、関西から来たお遍路さんに話を伺う機会があった。四国遍路での印象に残っている体験を尋ねてみたところ、次のような答えが返ってきた。
 
「見知らぬ人から食べ物や飲み物をいただくことが本当に多くて驚きました。札所と札所の間に無料の休憩所があって、そこで休んでいると地元の人が『これ、お接待』と、お菓子やお茶を笑顔で渡してくれるんです」
 
この人が体験した「お接待」とは、四国に根付く文化だ。歩いて巡礼を行うお遍路さんに地元の人々が飲み物や食べ物を振る舞ったり、時には寝床を無料で提供したりする行為のことで、四国特有の文化だと言われている。お金をもらった対価として提供するサービスやおもてなしといったものではなく、お遍路さんを純粋に応援し、労う気持ちで行われているのだ。
 
「お接待文化は外国人の心も虜にしているんですよ」と教えてくれたのは、外国人の視点から四国遍路やお接待を長年研究しているモートン常慈(じょうじ)先生。世界各国にもキリスト教やイスラム教の巡礼があるが、ただ「目的地に向かって歩くだけ」で、四国遍路のようなお接待はないのだという。
 
モートン先生はコロナ禍以前に、外国人のお遍路さんに向けて「お接待を受けた感想」についてアンケートを行ったそうで、その結果を見せてくれた。そこには、こんな声が多く寄せられていた。
 
「英語が話せなくても、食べ物やコーヒーをくれる人たちがたくさんいて、とても嬉しくなりました。他の巡礼では絶対に体験できない文化です」
 
「52日間歩いたうちの50日、お接待を受けました。果物をくれたり、雨の日は車に乗せてくれたり。本当に素晴らしいし、信じられない」
 
「歩いているだけで日本の人たちと交流ができるうえに、親切にしてもらえるなんて。忘れられない思い出になりました」
 
モートン先生によると、こういった地元民との温かな交流が恋しくなって、何度も四国遍路をする外国人もいるそうだ。このお接待文化は札所がある地域に、より強く根付いていると思う。
 
徳島市内から南へ車で40分ほどのところに位置する勝浦郡勝浦町。この地域の山の上には20番札所の鶴林寺(かくりんじ)があり、その山道は「へんろころがし」と呼ばれる難所だ。
 
鶴林寺へ向かうお遍路さんのために、食べてもらう果物を置く箱が設置されていたり、個人で制作したであろう休憩用のベンチが置かれていたり、と勝浦町にはお接待の風習が息づいている。
 
この地で和菓子店を営む道夫さん。彼は小さい頃から、両親がお遍路さんにお接待を行う姿を見て育ってきた。
 
「遠くに白衣を着たお遍路さんの姿が見えると、お茶とうちの和菓子を用意するんよ。19番札所から20番札所の道のりは険しいけんな、甘いもの食べてちょっと休憩して。難所に向かう力をつけてもらいたくてな」
 
齢80歳になる今でも道夫さんはお接待を続け、息子さんも当たり前のように手伝っている。お遍路さんからいただくのは感謝の気持ちだけで十分だそうだ。「代々続けてきたことを、今も普通にやっとるだけ」と、くしゃっとした笑顔で話してくれた。
 
道夫さんによると、ここ10年くらいで一気に外国人のお遍路さんが増えたそうだが、日本人、外国人関係なく同じようにお接待をしているという。人種とか性別とか、そんなものは関係ない。お遍路さんは、みんな同じようにお接待するのが道夫さんの「当たり前」なのだ。
 
外国人へのお接待はインバウンド需要の高まりによって、芽吹いたものかと思っていたが、実は100年以上も前から続いていたものだった。しかも、その記録が残っているのである。
 
ドイツ人のアルフレート・ボーナー氏は今からおよそ100年前に、旅行がてら四国巡礼をしていた人物だ。ボーナー氏はお遍路さんの格好をせずに巡っていたにもかかわらず、山道の途中で一銭硬貨をもらったり、休憩やお茶をすすめられたりした経験に深く感動し、お接待文化について独自に研究した論文をドイツの大学に提出した記録がある。
 
さらにアメリカで日本の民俗学を研究していたフレデリック・スタール博士も、100年前に四国巡礼をしていた人物。巡礼が終わってアメリカへ帰った彼から、数ヶ月後に1通の手紙が届いた。この手紙からは、お接待文化が言語の壁を超えて人々の心に伝わっていることを物語っていた。
 
――私はいわば唯の一人の巡礼者として、また言語や人種においては外国人で仏教の信者でもございません。それにもかかわらず、この上ない親切にもてなされ、交わした言葉や処遇の記憶は大きな喜びとして永久に忘れることができないものでございます――
 
 
 
 
参考文献
●四国八十八ヶ所霊場各寺の御僧侶への手紙/フレデリック・スタール(1921)(米国議会図書館所蔵)
●同行二人の遍路 四国八十八ヶ所霊場/著:アルフレート・ボーナー、訳:佐藤久光・米田俊秀(2012)
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2023-04-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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