メディアグランプリ

メメント・モリ


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記事:小松 鈴(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「今度のゴールデンウィークに、押入れの片付けするから手伝って」
 
少し前に母に頼まれた。
うん、いいよ、と答えた後しばらくして、ああ、身辺整理をしているんだ、と思うに至ってやるせない気持ちになった。
最近、母は不要だと思われるものを片付けている。もう読まなくなった本や、着なくなった服など。母にとって「『死』はもう身近なもの」と思っているのだと想像すると、子どもである私としては複雑だ。
母の父、つまり私の祖父は77歳で急逝した。死ぬ前日まで元気だったのに、本当にあっという間に亡くなったので、なにがなんだか分からなかった記憶がある。しかし祖父は、少しずつ身辺整理をしていたらしく、母たち遺族に何の迷惑もかけずに逝ったと聞いた。母もそれを見習っているのだろう。「終活」という言葉もあるように、人生の幕引きを考えるのは、本人のみならず残された人にとっても大切なことなのだから、悲しくなるからやめて、とは言えない。
 
両親が年老いたな、と思う事が多くなった。父は膝の痛みや不眠に悩まされているようだし、母は骨と皮のように細くなって、年々小さくなっている。当然かもしれない。母は去年古希(70歳)のお祝いをしたし、父に至っては喜寿(77歳)だ。年老いた、ではない、実際に年寄りなのだ。
とはいえ両親は今のところ特に問題なく生活している。父は血圧が少々高く薬が欠かせないが、家庭菜園と言うにはいささか広すぎる土地で畑仕事をして、通りすがりの知らない人にも「野菜持って行かん?」と声をかけている。夏など毎日きゅうりとナス責めで少々閉口する。
母は毎日一万歩の散歩を日課にして、少々の雨なら傘を差してでも歩いている。健康にも気を遣い、野菜多めの食事を意識しているようだ。ふたりとも、完全在宅ワークで引きこもり生活の私よりよっぽど健康的な生活を送っている。多少、食事の量が減ったな、と思うくらいで、病気もしていないので食事制限もなく食べたいものを食べている。
友人の中には、既に親が他界している、大きな病気で看病をしているという人もちらほらいる。親が元気、それだけでもありがたいことなのだろう。
ただ、身辺整理をしたりお墓のチラシをじっと見ていたりする母を見ると、全く親孝行をしてこなかった自分を情けなく思う。
学生時代は不登校で困らせ、ようやく社会人になったと思ったらうつ病になったり、やっと結婚したかと思えばあっという間に離婚したり。そういえば私をいじめていた同級生に会いたくないから、という理由で成人式にも参加しなかった。結婚式もしなかったので、ウェディングドレス姿さえ見せることができなかったことも、今となっては後悔の種だ。
 
人のことばかり言っている場合じゃない。両親が歳を取ったように、私も歳を取っている。持病があるので、ちょっと無理をすれば1日ベッドから動けない。そこでまた母に面倒をかけてしまう。運動不足のせいもあるだろうけれど、疲れやすく、眠りも浅い。たまに運動すれば筋肉痛は2日後に来る。私も歳だなあ、と思わずにはいられない。
離婚したし子どももいないし、兄はいるけれどお世辞にも仲が良いとは言えない。そんな私が両親くらいの年齢になったら、たったひとりの孤独に耐えられるだろうか。猫でも飼いたいと思うが、もし私が倒れでもしたら、猫も死活問題になってしまう。いま家には4匹の猫がいて、末っ子は2歳。健康であと十数年生きるとしても、その頃私は50代も後半だ。だから、この子が逝ったらもう動物は飼わない。そう決めている。
 
せめて今からでも親孝行を、と思うのだけれど、親にとって子どもはいつまでも「子ども」のままなのだろう。母の日や誕生日に「何か欲しいものない?」と聞いても「そんな事に遣わないで貯めときなさい」と言って取り合わない。仕方ないのでお取り寄せのスイーツや、財布等を選んでプレゼントすると、こちらが照れくさくなるくらい喜んでくれる。ああ、ほんの少しだけれど親孝行できたんだ、とホッとする。最近は高齢者の自動車の踏み間違い事故が多いので、車が必須の田舎に住んでいる私が、いずれは運転手として車を出したり、家事や地域の行事に参加したりしなければならないのだろう。それくらいして当然の迷惑と心配をかけてきたと自覚しているので、「両親の老後は私が面倒を見る」というのは30代の頃から意識していた。
 
「メメント・モリ」。ラテン語で「ひとはいつか必ず死ぬ。それを忘れるな」という意味だ。
この世に生きとし生けるものすべて、いつか必ず死ぬ。普段私たちは自分の死を意識することはあまりない。毎日死ぬことを考えているならばそれは病気だと思うし、死を恐れるあまりなにも行動を起こせなくなってしまう。死を目前にしたそのとき、「あれをしたかった、これもできなかった」と後悔しないよう、人は小説や映画、絵画で「メメント・モリ」を伝えている。
 
今年もまた母の日が近づいてきた。母に聞いてもまた「何もいらないから、お金を貯めておきなさい」と言うのだろう。でも兄は毎年きちんと母の日になにがしか贈っている。娘の私が何もしないのも気が引ける。「孝行したい時分に親はなし」という言葉もある。
後悔しないよう、喜んでもらえるよう、毎年Amazonや楽天市場でうんうん悩みながら贈り物を探す。もしかしたら、これも幸せなことなのかもしれない、とふと思った。なにかを贈って、「ありがとう」の言葉を聞ける。両親があとどれくらい生きるのか分からないが、いつか遺影に向かって切なく話しかける日が来るのだ。返事がないと、分かっていながらも。
だから、今、このとき、まだ間に合ううちに。
 
もうすぐ母の日。あなたはお母さんになにを贈りますか?
 
 
 
 
***
 
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2023-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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