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イヤなことを感謝に変えてみた話


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記事:Maki (ライティングゼミ4月コース)
 
 
「アンタ誰?」
 
扉を開けた先に大荷物で仁王立ちになってる女に、もう少しでそう言葉を投げかけそうになるところをギリギリで飲み込んだ。「お久しぶりです」の社交辞令に、相手は「覚えてる?」と嬉しそうに答える。
 
覚えているワケがない。
 
私が3歳になるかならないかの時に、父の妹の結婚式でフラワーガールをやらされたらしい。「らしい」というのは、その記憶は大人になって見た写真によって補完されたものだからだ。その時一緒にリングボーイをしていたという5歳くらいのハトコの母親という、もはや親戚と呼ぶにも遠すぎる関係の「叔母」がその写真に写っていたのだが、その女が目の前に立っていたのだ。
 
英語留学をしようと意気揚々にアメリカはボストンでホームステイをしていた私は、その時すでにハタチになっていた。17年間何の関わりもない人間の存在なぞ大人であっても忘れているだろう。それなのに3歳児の記憶に自分が残っていると考えるなんて、なかなかの厚かましさだ。驚きを通り越して呆れてしまう。そもそもアチラだって私のことなんて認識できなかったはずなのに。そんな女がホームステイ先に来てしまったのだから、どう反応すべきなのか正しく判断できなかったのも当然だ。
 
先に一つ付け加えておくと、少なくともアメリカでは、英語学校が手配してくれるホームステイ先というのは生徒の受け入れを大切な収入源としているような、経済状況が恵まれていない家庭であることも少なくない。私の滞在先もご多分に漏れず裕福とは言えなかった。夕食に茹でたパスタを塩とバターだけで食べろと出されたり、お湯は3分以上利用禁止と入浴前に言い含められた。これが噂のカルチャーショックかと納得した。
 
とは言えさすがにお腹が空くので、コンビニにこっそりサンドイッチを買いに行って公園で食べたり、毎日髪の毛を洗わないという選択肢はハタチの日本人女子としては取れなかったので、思い切ってショートカットにしたりと、それなりの工夫をしながら滞在していた。もちろん親はお小遣いにと送金もしてくれていたが、既に留学そのものにそれなりのお金がかかっていることはさすがに理解していたので、できるだけそれには手を出さずに生活しようとハタチなりの気遣いをしながら毎日を過ごしていた。
 
そこに知らない女がホストファミリーへの「お土産」だと、ボストン市内で一番高級と言われるスーパーやレストランでワインやらお惣菜やらスイーツやらを大量に抱えて尋ねてきたワケだから、ファミリー共々に何事かとちょっとした騒ぎになったことはご想像いただけるだろう。
 
そんなこちらの戸惑いをよそに、まるで自分の家かのようにズカズカとキッチンに上がり込み、持ってきた食べ物を自慢気につぎつぎディナーテーブルに広げていく様を眺めていると「手伝わないと!」とウキウキした金切り声が飛んだ。
 
「え? ワタシ?」
 
目の前の出来事を理解しようと奮闘しているところに、言われたものだから情報処理が間に合わないのだ。そしてさらに追い打ちをかけるように次々と言葉が投げかけられる。
 
「いつもそんななの?」「英語の練習にきてるんでしょ! もっと積極的に話さないと!」「私の時はもっとこうして頑張ってたわよ」
 
怒りでもイラ立ちでもない何かの感情が暴れ始めている私に気付くことなく、「留学とは」「英語とは」「ホームステイとは」と、べき論を飽きることなく発しながら、自分で持ってきた肉やワインをたいらげていく。
 
どうやらこの女は自分が若い頃にイギリスに留学をしていたらしく、特にそれは彼女の世代ではまだ珍しい経験であったから、英語が話せるという事実と合間って彼女のアイデンティティを構成する大きな部分を占めていたのだろう。だから英語でホストファミリーと会話をし、それを私が黙って見つめていることを羨望であると捉え「ワタシのようになりなさい」と言わんばかりに大声で私へのダメ出しを自覚もなく繰り返している。アメリカに渡った当初はまだ比較的人見知り気質であったから、ただただ流されるままにサンドバッグとなり、一生懸命笑顔を顔に貼り付けて「早くこの時間が終わりますように」と心の中で繰り返していた。
 
ホストファミリーには小さな子供がいたので「寝る時間だから」と、遠慮なく長居しようとしていたであろう女を帰路へと促してくれたのはありがたかった。ワインを飲み干し、「あなたも少しはファミリーの役に立つようなことしなさいよ!」とおとぎ話のいじわるな継母のようなセリフを最後に吐いて夜の暗闇に消えていった。
 
そのセリフを最後に、この女からは何の音沙汰もない。祖父母のお葬式でも見かけなかった。見知らぬ「叔母」は、この後私たちがお互いに居心地が悪くなってしまい、ホストファミリーを変える結果になってしまったことを知っているのだろうか。
 
さて、その留学からさらに20年が経ったわけだが、1つだけありがたかったことがある。
 
自分の経験を是として周囲にそれを押し付けるという、年齢を重ねた人間がやりがちな間違いに少なくても自覚的になれていることだ。そのおかげで現在では「なりたい上司像」としてチームメンバーからは言ってもらえるくらいには、マトモな年の取り方ができた。
 
何が功を奏するか分からないということか。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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