失われた日常ではない、わたしのコロナ禍
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記事:花 橋子(ライティング・ゼミ4月コース)
「先生、わたし、コロナです」
オンライン授業の最中に届いた学生からのメッセージを見て、わたしは固まった。
ついに、ついに自分のクラスから新型コロナウィルスの感染者が出てしまった。
2020年、新型コロナウィルスの感染者が日本国内でも出始めた頃。わたしの勤務する専門学校でも、その学校生活は一変していた。ありとあらゆる行事が中止になり、校舎のいたるところに消毒液が置かれ、オンライン授業が開始し、学校で授業を行う場合は上長の許可が必要になった。登校する学生の数が激減し、学校が息をひそめるように静かになっていった。
その頃は県内でも感染者は数えるほどで、どこかで感染者が出たとなると、何日店を休業したとか、消毒の人が来たとか、あれやこれやと大きな話題になっていた。学校や病院などの公共機関で感染者が出れば、それこそニュースにもなっていた。それゆえ、感染者が出ないように、学校は強い緊張感につつまれていた。
そんな日々の中、担任をしている留学生クラスから出た感染者。
「先生! 聞こえていますか」
パソコンから声がして、我に返る。そうだった、授業中だった。異変を悟られないよう、平静を装いながらなんとか残り時間をこなすと、すぐに職員室に戻った。
課長の元に直行し、感染者が出た旨を伝える。学生の名前をメモした課長が、すぐさま校長室へと走る。異常を察知した職員室の空気が重く、先生方の視線が痛い。
すぐにわたしも校長室に呼ばれた。すでに対策チームが誕生しており、校長からそれぞれに指示が下りる。感染者の基本情報、現在までの経緯、アルバイト先、ここ1週間の授業スケジュール、学内で立ち寄った場所、教室での座席、授業を担当した教員、3密が守られていたか、マスクを取った時間はなかったか、プライベートで会った人はいるか……などなど、刑事並みの聞き取りを行うのがわたしの任務だ。そして、この情報をもとに、学校は学内に感染リスクがあるかを判断し、休校措置をとるのか、マスコミや保護者に対し、どう公表するのかなどを決めていく。学内で次々に感染が広がっていくことはもちろん、ほかの学生をいたずらに不安にさせないためにも、感染者の正確な情報は必要だった。
「こういうときこそ、冷静に粛々といきましょう」と校長から声がかかり、解散となった。
とはいえ、すぐに落ち着けるわけがない。ふわふわしたような、頭がいっぱいのような変な感覚に襲われながら、学生に電話をかけた。
学生は、走った後に息が上がっているときのような話し方で、苦しそうだった。「体調が悪いのに、ごめんね」と言いながら、聞き取りを行っていく。「覚えていないです」「忘れた」という回答も多く、なかなか話が進まない。ふいに、学生が改まった様子で「先生」と声をかけてきて、言った。
「迷惑かけてごめんなさい」
胸がきゅっとなった。
まじめなその学生は、学校をあげて感染対策をしてきたこと、わたしが常々「周りの人のために、自分がコロナにならない努力をしなさい」と話していたことから、迷惑をかけてしまったと思ったのだろう。そして、わたしの動揺や焦りを感じ取り、話せば話すほど、その思いを強くしているのではないだろうか。
でも、一番大変なのはその学生だ。異国で流行り病になり、どんなに不安だろうか。家族だってそばにいない。母国語ではない日本語で医師や保健所の説明を聞き、自分が伝えたいことも100%伝えきれない。そして、これからたった1人で療養先のホテルに行く。きっと心細いだろう。
これから学校が対応の主軸としていくことは、感染を広げないことだ。誤解を恐れずに言えば、この感染者の学生のためではなく、他の学生のための対応だ。じゃあ、この学生に対しては? この学生の不安や心細さは?
病気になった学生を思いやる。それを二の次にしてしまっていた自分に気が付いた。
この学生の不安を少しでも軽くし、療養のサポートをすること。それは、担任であるわたしの最重要任務だ。
そう思うと、ずっと混乱していた頭が、すっと冷静になった。
学生はその日のうちにホテルに移動し、療養が始まった。わたしは毎日、朝晩連絡をし、時には怖いという学生を励まし、時には療養先の少なすぎる量のお弁当の話で笑った。そして、2週間後、無事に療養は終了した。
それから、3年。学校はコロナ前の姿を取り戻しつつある。コロナに怯え、翻弄された日々であった。しかし、極限まで制限された学校生活の中で、学校として守らなければならないこと、一教員として大切にしなければならないことを知った日々でもあった。
コロナ禍は、わたしにとっては「失われた日常」ではない。「急成長ための特別期間」だ。
「あのときは支えてくれてありがとう」と学生が卒業する時にくれたマグカップを見ながら、そうコロナの日々を振り返った。
***
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