あまりの世界観に義母を無視してしまった話
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記事:ネナムラ(ライティング・ゼミ4月コース)
薄暗い劇場で、生楽器の音とイタリア語の歌が幻想的なメロディーを奏でる。
舞台にいる登場人物たちと観客席の我々が見上げる高い天井からは、3つの巨大シャンデリアがぶら下がっている。
そこに、ピンクやブルーのアンティーク風ドレスを着た女たちがからみつく。
きらめくシャンデリアを回転させながら、片手だけでぶら下がって髪とドレスをなびかせたり、踊るように次々と体勢を変えたりと、高さをおそれず戯れている。
まるで、この世ならざる者たちを見ているようだ。
少し怖くて美しい……。
隣の座席にいる義母が何かを話しかけている。
答えねばと思ったが、義母の言葉が頭に入ってこず、一言も返せない。
まさかシルク・ドゥ・ソレイユの公演で、こんなに心奪われようとは、予想もしていなかった。
サーカス集団であるシルク・ドゥ・ソレイユの初来日は1992年。
それから2~3年ごとに新たな公演をひっさげて来日している。
それに合わせて、タイアップしている民放テレビ局がこれでもかと特別番組やCMを流すので、存在を知ってはいた。
でも、それらの映像で印象に残っていたのは、パフォーマーが常人離れした体の柔軟さや身軽さを披露する様子だ。
従来のサーカスとは異なり動物を使わないとは言っても、「子ども向けのアクロバットショーだよね」というのが、私の持っていた印象だった。
なので、2004年の公演『コルテオ』を観に行こうと義母に誘ってもらったときも、内心は乗り気でなかった。
とはいえ、嫁の立場でお誘いを断るわけにはいかない。
なんなら楽しんでいるフリをしようと思って出かけたのだが。
その予想は、見事に裏切られたことになる。
『コルテオ』で描かれたのは、老いたピエロが死の直前に見る夢の世界だ。
子ども時代の楽しい遊びや、女たちとの甘美な思い出、仲間たちとの絆、そして訪れる死。
それらが、ゴシックな舞台装飾と、オペラ要素を感じる生演奏と生歌唱をバックに繰り広げられる。
アクロバットの身体能力やスリルだけを楽しむようなシーンも、たしかにああった。
しかしそれだけでなく、作品のあちこちで、まるで映画の特殊視覚効果のようにアクロバットが使われている。
アクロバットの無重力感や超人感が、この作品の非現実的な世界を視覚化するために欠かせない要素となっていたのだ。
私は短いプロモーション映像しか見ずに、シルク・ドゥ・ソレイユ公演はアクロバットショーと決めつけていたが、まったくの食わず嫌いだったようだ。
公演が終わってから、義母に心の底から感謝を伝えた。
おかげで、本当に良いものが見られた。
興味を持って調べていくと、シルク・ドゥ・ソレイユの作品は、制作を取り仕切る演出家がそれぞれに違うことを知った。
『コルテオ』の場合は、スイス出身のダニエル・フィンジ・パスカ氏だ。
サーカス作品だけでなく、オペラや、オリンピックの開会式や閉会式など、幅広く演出を手がける。
彼の演出作品は映像や写真を見る限り、どれも少し怖い美しさがあるように感じた。
『コルテオ』にも、彼の持ち味が見事に反映されていたわけだ。
ほかのシルク・ドゥ・ソレイユ作品は、どんな演出家がどんな世界を作っているのだろう?
そう思い、『コルテオ』の後に来日公演が行われた『クーザ』、『オーヴォ』、『トーテム』、『キュリオス』はすべて観た。
テレビでのプロモーション映像だと、やはりアクロバットの印象が強いのだが、実際に会場で観るとそれぞれの演出家による異なる世界が味わえて、とても面白かった。
現在、シルク・ドゥ・ソレイユの『アレグリア-新たなる光-』が来日公演中だ。
かつての私のように、シルク・ドゥ・ソレイユは単なるアクロバットショーと思っている方がいたら、お時間のあるときにYouTubeで“長め”の映像を見てみて欲しい。
プロモーション用の短い映像よりも、世界観が感じられるからだ。
ちなみに『アレグリア-新たなる光-』は、1996年と2004年に日本公演が行われた人気作品『アレグリア』の新バージョンだ。
オリジナル版の演出家はフランコ・ドラゴーヌ氏といい、絵画から多大な影響を受けており、よく詩的なビジュアルを使用する人物だそうだ。
今回の新バージョンは、若い世代の演出家の手によりさらなる進化を遂げているという。
“長め”の映像を見て、おや、これは自分好みだぞとお思いになった方へ。
参考までに、シルク・ドゥ・ソレイユ公演を初めて観るときのおすすめ座席は、舞台正面の前すぎず後ろすぎない位置だ。
舞台全体が見渡せる良席で、作品の世界をお楽しみあれ。
私は6月のチケットを手に入れた。まあまあの良席だ。
もしかすると、あのときの『コルテオ』に匹敵、もしくは上回る感動が待っているのではないかと、今から楽しみで仕方がない。
***
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